夕闇が降りるロセンの通りを、カルラとアイリーンは城へ歩いていた。

「カルラさま、あまりお一人で出歩かないでください」
「んー? 仕事はちゃんと片づけてきたよ?」

 半歩後ろを歩くアイリーンに振り返ったカルラの顔は、かすか赤らんでいる。酒気を帯びたカルラに、アイリーンは嘆息した。

「そういう問題じゃありません。もしもなにかあったら、」
「そのときはアイリーンが手伝ってくれるっしょ」

 やっぱりこのひとはぜんぶわかっていたのか。カルラのやり口に、アイリーンは閉口した。カルラが抜け出したことをアイリーンが真っ先に気づくことも、だれにも言わず急いで迎えに行くことも、見透かした上で、彼女は酒場にいたのだ。文句も忘れて肩を落とすアイリーンを、カルラが乾いた声で笑った。
 そうして、ふたりがカルラの銅像が建つ広場へ出たときだった。ふいに、背筋を冷たいものが走った。

「アイリーン!」
「はい!」

 銅像の影と左手側の路地から2人ずつ不審者が飛び出してくる。アイリーンが左側に剣を向けたのを視界の端で捉えながら、カルラは前方から突っ込んでくる男たちに鎌を振るった。

「その程度でやれるっての?」

 カルラは失笑した。剣に慣れているようだが所詮雑魚だ。ひとりを切り伏せもう一方に目を向けたとき、背中からアイリーンの声が飛んだ。

「カルラさま!」
「…!(しまった!)」

 警告の声と同時に背後に複数の気配。鎌を振るったちょうどその瞬間を狙われた。
 得物は大きければそれだけ攻撃の隙ができやすい。そんなことは初歩の初歩だ。そして、だからこそねらい目だった。それにしても。カルラはおもわず笑ってしまった。でかぶつが3人がかりとは、自分もずいぶん警戒されたものだ。
 アイリーンの取り乱した声を聞いて、胸中嘆息する。

(だめだよアイリーン。そんなんじゃ。大物は、どんなときも笑ってなきゃ)

 そう、笑ってなければいけないのだ。
 カルラは鎌を思い切り引いた。一撃は食らう。だが柄を使えば二撃目は防げる。致命傷でさえなければ。振り下ろされる白刃からわずか身体をずらし、急所を避け身構えた。しかしそのとき、なぜか3人は悲鳴をあげながら、きれいにカルラを避ける形で吹っ飛ばされた。
 カルラは目を見開き、地面に倒れ臥した2人が炎に身を焼かれもがき苦しむ姿を見つめる。もう1人はすでに絶命していた。
 複数同時発動する炎の魔法。それを駆使するのは、カルラの知る限りひとりだけ。カルラが見やった先、闇のなかから、カルラと同年代の少女が現れた。彼女はダークレッドの瞳を静かに男たちへ向けた。
 そのくちびるから、さらに耳慣れない詠唱がこぼれる。歌うような詠唱は、彼女―――の創作魔法の特徴だ。数秒後、詠唱が終わると、なにかがカルラの横を抜け、男たちめがけて飛んでいった。それはふたつの尖った光り。槍のような形状のそれらは、男たちの胸を貫き、消えた。

「カルラさま、ご無事で…これは…?」
「ふたりとも、怪我は?」
…!? …まさか、あなたがこれを?」
「うん」

 何気なくうなずくに、アイリーンはあんぐりと口を開けた。
 ファイアというロースペルくらいなら、専門でないアイリーンでも使える。しかし、それを複数同時に操るという芸当は、それこそ専門家でもなければ難しい。
 それを、ただの冒険者だと思っていたがやってのけるとは。

「そっか。アイリーンは知らないんだっけ?」
「なにを、ですか?」

 ぽんと手を打つカルラに、首をかしげるアイリーン。

はこう見えても魔法の天才なんだよ。それこそ、アカデミーから誘いがくるくらい」

 にっこり笑ったカルラの隣でが頬を引きつらせるのを、アイリーンは見逃さなかった。
 がぎこちない動きでカルラを見下ろす。

「…なんで知ってるの」
「あたしに隠し事できると思ったー? がそれを断ったのも知ってるよ?」
「……はあ」

 肩を落とすを、上機嫌に見つめるカルラ。そんなふたりを交互に見て、アイリーンはぼそりとつぶやいた。「伊達にあんな称号はもらってないのね」
 その言葉に、ふたりが同時に反応する。

「あんな称号って?」
「え? 、知らないの? 結構有名なのに」

 の怪訝な顔を見る限り、ほんとうに知らないようだ。

「あなた、最近うわさされているのよ。傭兵でありながら、カルラさまから絶大な信頼を受ける―――青の守り手≠チて」


の守り手

Act.04  夕闇アンサンブル


 そのとき、カルラはいつもより深く笑み、は思い切り嫌そうな顔をした。



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up data 07/11/19