怖かった。 ただ生まれ変わっただけではない。世界が違った。がいた世界に魔法なんて代物はなかったし、魔物なんてものはいなかった。 見知らぬ世界が、怖かった。 この世界の母親は早くにを捨て、はべつの女のところで日々を送った。 ひどい暮らしだった。ある程度の平和とある程度の生活基準を約束された日本では、考えられない貧しさだった。 つねに空腹で、まともなやり方では生きていけない場所。 そんな世界で生きるのが、怖かった。 そしてなにより。自分自身が、怖かった。 なぜこんなことに、と問いかけて、最初に思いついたのは転生。 は死に、が生まれた。そう思っていた。けれど、べつの可能性に気づいたとき、目の前が真っ暗になった。 ――わたしは、ひとを、殺したのかもしれない。 あってほしくない、けれど、ありえるかもしれない事実に、おびえた。 あの世界のわたし≠ェここにいる。だからといって、この世界のわたし≠ェ、いないことなんてあるのだろうか。 ――わたしはワタシ≠、殺したのかもしれない。 怖かった。 青の守り手
Act.03
紅の舞踏会
そう思っていた時期が、わたしにもありました。―――は腕組みをして深くうなずいた。 この世界でもう16年生きた。そのあいだに魔法というものを知り、調べ、魅了された。もっと深く、もっと広く、たくさんのことを知りたい。そんな欲求を満たすため、冒険者という危険な職業にまで就いた。 好きなことのためならエンヤコラ。かつての世界でも、一度はまると、底なし沼に飛び込むがごとくどっぷりとはまり込む性質だった。母や友人たちにさんざんオタクオタクと嘲られたことはいまでも忘れない。 魔法はおもしろい。どれほど知っても底が見えない。 自分がなぜここにいるのか、そんなものはこの際どうでもいい。転生だろうが憑依だろうが、ここにいる事実は変わらないのだからそれでいい。 もとの世界に未練がなかったわけではないが、戻る方法がどこにもないのだからしかたがない。始めからない選択肢は選びようがないのだ。 そして、もしもいまここに、この世界に生まれるはずだったわたし≠ェ現れて、を滅ぼそうとしても、はそれでもいいと思っている。 そのときはそのときだ。責任を持って、全力で抵抗させてもらう。 死ぬのは嫌だし、知りたいことがまだまだたくさんある現状で、そう簡単に殺されてやる気はない。 要するに、ぶっちゃけは―――開き直ったのだった。 「つまり人間、開き直りが肝心ってわけだ。ドゥーユーアンダスタン?」 カタカナ英語でかたわらの若造兵士に問いかけるが、吐くのにいそがしくそれどころではないようだ。そんなんじゃ死ぬぞつぶやいて、は深くため息をついた。 若造兵士を守りつつ、周囲を見回す。ロセン相手の戦況はどう見てもこちらが有利。圧勝である。勝ちムード一色の味方軍。これって自分いる意味あるのかなぁ、と思わなくもない。 「なーにぼーっとしてんの、? 突っ立ってるとやられちゃうよ?」 「これのどこがぼーっとしてるように見える?」 ひょいと襲い掛かる剣先をかわし、詠唱済みのファイアを叩き込む。あっというまに丸こげ死体ができあがる。それを一瞥し、カルラが満足げに笑う。 開き直った人間は強い。初陣だろうがなんだろうが、生きるためならなんでもやる。 「その分だと、初めての戦場ですくみあがってるわけじゃなさそうだね」 「初めて? なに言ってんの、カルラ。戦いがあれば、そこはどこでも戦場でしょ」 「アハハ、おっしゃるとーり!」 カルラの大鎌が相手の首と胴体を切り離す。どれだけ斬っても鈍らない刃は、いったいどうなっているのか。 カルラはさらに敵を切り伏せながら、に振り返った。 「、こないだ見せてくれた魔法はもう完成した?」 「魔法自体はね。詠唱に時間かかるから、実用化は程遠いけど」 「どんくらい?」 「15秒」 「上等。あたしらが稼ぐから、やって」 「御意のままに、カルラ様」 カルラが部下とともにを守り、が詠唱を始める。 の詠唱は歌うようだった。その声とともに、炎の球体が空中にいくつも作られていく。それはファイアというロースペルによく似ていた。 やがて、詠唱がやむ。「行け」炎の球体が、の合図とともに、敵兵へと襲いかかった。 燃え上がる戦場。血と炎に彩られた戦いは、終焉を迎えようとしていた。 |