ディンガルの首都、エンシャント。その裏路地の奥に、古い店がある。古びた本のにおいが満ちる店内の奥で、ひとりの少女と店主が会話していた。少女は肩ほどまでの真っ黒な髪を後ろで縛り、腰に短剣を挿している。年のころは15、6だが、妙に大人びた雰囲気が印象深い。彼女は店主から見せられた古本をにらみつけ、眉をよせた。ダークレッドの瞳が、本と店主の顔を交互に見る。 「5000ギア? …高すぎる」 「いやあ、こいつぁ結構な値打ちもんですよ。なにしろ北の大陸じゃ有名な学者さんの研究書らしいですからね」 「…しょうがないな。ぼったくりのような気もするけれど、店主には世話になってるし…それじゃあこれで」 「毎度! いやあ、いつもいつもさんにはごひいきにしてもらいまして。こっちこそ助かってますよ」 「いいカモができたって?」 「とんでもない! 最近のアカデミーの若い子たちは、こんな古ぼけた店にゃ見向きもしませんからねぇ。新しいものばっかりがいいものだと思ってる」 「まあ、最新の知識があそこには詰まってるからね。それもしかたない」 「やれやれ。古い知識こそ大切にしなきゃならんのに、嘆かわしいですわ、まったく」 会話もそこそこに、は店を出て大通りへ向かった。 宿への道途中、は先ほど手に入れた本をぺらぺらとめくる。 「ふん…」 5000ギアは少々高い買い物だったが、どうやらそれだけの価値はあったようだ。内容は申し分なく、とても興味深い記述がある。 あの店主は金にはがめついが信用はできる。は浮き立つ気持ちを胸に、足を速めた。 ふいに背後に気配を感じたは、来るだろう衝撃に身構えた。背中から細い腕が回される。 「! ひっさしぶりー」 「…カルラ」 肩越しに振り返り、自分より低い位置にある頭を見下ろす。 にっこりしながら見上げてくるのは、ディンガル兵、カルラ・コルキア。露出の多い鎧と大鎌を背負った姿が特徴的だ。 カルラはぱっとから離れると、呆れたようにため息をつく。 「にしてもさぁ、ちょっとは警戒したら? あたしに気づいてて背中を許すなんて、冒険者失格じゃない?」 「カルラは敵じゃないでしょ」 「敵になったらどうすんの?」 「そうならないように立ち回る」 さらりと流すを半眼で見やったカルラは、その手にある古本に目を留めた。 「また古本屋? 飽きないねー」 「このために冒険者やってるようなものだからね。魔術研究のためなら、ならず者だろうが魔物だろうが、戦ってやるよ」 貧乏人は軍人か冒険者になる場合が多い。とて好んで戦いの道を選んだわけではないが、好きなことをするにはこの方法だけだった。アカデミーに入る金など、にはなかった。 「…ほんっとあいかわらずだね。そーゆう研究バカなところ。ちょっとは地位とか名誉に執着したら?」 「そんなもので飯が食えるか」 「アハハ」 カルラのきれいな作り笑いを一瞥し、「で?」とが訊ねた。 「用件は?」 「ちょっとお願いがあって」 「断る」 「あ、ひっど。せめて内容聞いてからにしてよ」 「カルラのお願い≠ナ無事で済んだためしがない」 「えー? そーだっけ?」 とぼけるカルラに嘆息をひとつ。カルラは首をかしげてを覗き込んだ。 「どーしてもだめ?」 「いやだ」 「そっか。……うーん、しょーがないなぁ」 ぽりぽりと頬を掻いていたカルラは、急に満面の笑みを浮かべた。 の背筋に悪寒が走る。嫌な予感。これまでの経験(おもにカルラ関連)で慣れ親しんできたそれに、は口端を引きつらせた。 「ところで。アカデミーの書庫から禁書が借り出された′盾ネんだけど、」 「宿で話を聞こうか」 がしっとカルラの両肩を掴んだは、自分の未来に思いを馳せて、めまいを覚えた。 青の守り手
Act.02
白に染まる
視界が、思考が、真っ白に。 そして流されるままに巻き込まれるのだろう。いつもどおり。 |