突然飛来した桃色の光が少女の胸に刺さったかと思うと、中心の青い石が一瞬光を弱めた。 しかし。 『うぅぅゥ……アぁァアアあ…カえシテぇああアアア』 少女は全身を痙攣させながら、コワれた口調を繰り返す。 「効いてない!!」 フェレットの悔しげな声に反応し、少女がくるりと向きを変える。 『な、まずい!!』 おじさんが焦燥に満ちた声を発したとき、少女の腕が振るわれた。
第4話 つないだ手のひら(4)
(どういうことだ!?) ユーノは必死に頭をめぐらせる。 なのはの魔力弾が少女に命中した瞬間、魔力が霧散したように見えた。 防御魔法にもそういう効果のものがあるが、あの少女からはいまだに魔力が一切感じられない。 ならば、あの少女はいったいなにをしたというのか。 未知のものに対する畏怖と興味で、ユーノは少女の動きへの反応が一歩遅れてしまった。 「ッ、なのはぁ!!」 の叫び声がなのはの耳に届く。同時に不可視の刃の気配。 これに切り裂かれて自分は死ぬのだろうか。なのはは思った。心臓が早鐘を打っている。背中が、ひどく寒い。 でも。 (…守らないと) 守らないと。この肩に乗っている小さな友だちを。向こうで自分を呼んでいる新しい友だちを。 せめて、この一瞬でも、守らないと。 なのははただその一念で恐怖をねじ伏せ、杖を掲げた。 ――Protection. 電子音が魔法の呪文を唱えた。 なのはの目前に桃色の盾が現れる。 不可視の刃がすぐそこまで迫っていた。 轟音が上がったとき、はすでに走り出していた。 破壊される床、机、椅子、天井、あらゆるものが吹き飛んでいく中で、なのははまだそこに立っていた。それだけを確認すると、は少女の背後にまで接近し、床を蹴った。 「フッ」『―――ッ!!』 少女の細い背中に膝蹴りを食らわせる。半透明の身体には、しかしの攻撃がしっかりと命中した。 少女は床を転がりざまに振り返ると右腕を振るう。は宙返りでそれを回避すると、一気に少女に肉薄する。 固めたこぶしが少女の腹部にめり込む。 『うぅぅ!?』 困惑しているような少女に、は構わずもう一撃を与える。 頭は怖いほど冷静だった。さっき、なのはに黒い刃が向けられたあの刹那、沸騰したはずの思考は、今はもう凍りつくほどに冷えている。 ただ、目の前のこの敵を倒すことにのみ、思考が巡る。 倒さなければ。その意志がを突き動かす。 これを倒さなければ、なのはが危ない。さっきは防げた。でも、次はどうなるかわからない。そうなる前に、自分が、倒してしまわなければ。 (―――なのはが、■される) その想像が、拳にさらなる力をこめた。 合間に少女の反撃が入るが、それもあっさりとかわす。近距離で放つには攻撃の気配が大きすぎた。力の膨張を感知できればタイミングを計るのは難しいことではない。 そのうえ、の攻撃を受けるたび、少女が噴き出す黒い霧が、文字通り霧散していくのだ。そのたび少女の力の気配は弱まっていく。この黒い霧が、少女の力なのだろう。 魔法では敵わなかった少女の身体に、の拳は、蹴りは、たやすくダメージを与えていく。 少女の顔が、ゆがんだ。恐怖だった。これだけ狂気に染まっていても、この少女は消滅に対する恐怖をまだ持っていたのだろう。 の中に、ひとつの想いが湧き上がる。 痛くて、苦くて、飲み込むには重すぎるそれを、けれどは、噛み潰す。 「ごめんね、」 双眸をわずかに細めて、は腰を落とす。 拳を開き、力≠こめる。 「きみに同情できるほど、私は強くできてない」 『あアアアぁぁァぁあアあアアぁ!!』 が掌底を叩き込む瞬間、少女の慟哭ともつかない叫び声がこだました。 なのはは呆然とその光景を見ていた。 盾が刃を防ぎ、消えたとき、は少女を一方的に攻撃していた。 拳と膝が少女に容赦なく振るわれる。 なのはは今の今まで殺されようとしていた自身のことをすっかり忘れ、を止めようと一歩前に出た。 けれど、開いた口から声が発せられることはなかった。 の顔が、泣いているようだったから。 「、ちゃん?」 痛みをこらえるように、は顔をゆがめていた。 「ごめんね、」 さなか、その言葉がなのはの耳に届き―――そして、決着はついた。 少女の悲鳴が上がり、一瞬の閃光がなのはの視界を焼く。 次に目を開けて見えたのは、少女が塵のように霧散していく姿と、それを黙って見つめているだった。 なのはが息を呑み、あわてて駆け寄ろうとしたときだった。 「ふぇ!?」「な、なに!?」 「これは…っ?」 ――次元に揺らぎが発生しています。空間が崩れているようです 『…、なのはちゃん。俺に捕まってくれ』 「おじさん?」 『元の場所まで戻る』 なのははのほうに目をやる。その視線を受けて、はひとつうなずいて、菜の葉に向けて手を伸ばす。 なのははに近寄って、その手を取った。 「おじさん、お願い」 『まかしとき!』 にかっと笑って、おじさんがを抱き寄せた。 そして世界は一変する。 目を開ければ、そこは教室だった。 は握っていたなのはの手を離すと、辺りを見回す。 埃をかぶっている机や椅子がいくつか積まれた教室。窓から見える景色は低く、ここがのいた1階の教室でないことは確かだ。 「ちゃん」 なのはに声をかけられ、は振り向いた。 なのははの顔を見て、息を呑む。 深い黒に揺らめく青。ふしぎな光を放ちながら、双眸はなんの感情も映さず、ゆっくりと瞬く。 普段からあまり感情を表に出さない子ではあった。けれどこれは違う。この凍りついた表情は、たぶん、なにかを堪えているからだ。 さっきの、少女を消し去る寸前のの言葉が頭をよぎり、なのははの握り締めた拳を手に取った。 「ちゃん」 「―――…」 「ちゃん」 「……、うん」 ようやく、の反応が返ってきた。 は何度か瞬くと、静かに息を吐き出した。硬い表情は相変わらずだが、その目には光が戻りはじめている。 それになのはが安堵していると、ふいにがあらぬ方向を見やった。 「…あ、そうだった」 「え?」 は虚空にうなずき返して、なのはに彼女の背後を指差して言う。 「これ、なんとかしないといけないんでしょ?」 「え、なに? …あっ…」「あ」 そこには青く明滅するジュエルシードが、無言で鎮座していた。 「わ、忘れてた…」 たはは、と頭を掻くなのはに、は深く嘆息した。 |