いったいこの状況はなんなんだろうね、とは口に出さずつぶやいた。 いきなり教室から異空間に放り込まれたかと思えば、振り返れば奴がいるといわんばかりに背後から声をかけられ、しかもその相手がよく知った顔だという始末。これにはもう作為を感じざるをえない。彼女と自分をこんな異空間に引っ張りこんでどんな作為があるのかはわからないが。 とにもかくにも、はぽかんと口を開きっぱなしにしている級友に声をかけた。 「高町さん」 「え、…えぇ!? ちゃん!?」 相手―――高町なのはにとっても、この遭遇は予期せぬ事態だったのだろう。 ただでさえ丸い目をさらに丸くして、を見ている。 「ど、ど、どうして…!」 「あー…とりあえず落ち着け」 「あいた! …うぅ…」「落ち着いた?」「落ち着いたっていうか…」「ん?」「いえもういいです」 なぜか不満そうな顔をされた。チョップがいけなかったのだろうか。次からはでこぴんにしよう。 根本的に間違っているような結論を出して、はあらためて相手の様子を確かめた。 不安そうに見つめてくるなのはの、その服装に首をかしげる。 白い衣服はこの学校の制服かと思っていたが、どうも細部が違う。肩に乗ったフェレットもおかしければ、なによりもその手に携えたものが異様さをかもし出していた。 なのはの身長ほどもあるそれは、いわゆる、魔法のステッキのようなもの。 こんな夜中に――ここに時間という概念があるのかはさておき――こんなところで、魔法少女ごっこなんてあまりにもばかげている。よほど頭がおかしくなければこんなことはしない。 (…ああ、なんかもう、) さっきから鳴りっぱなしだった異変レーダーは、ここに来て最高に最悪な反応をしてくれていた。 これはどうやら、ただの心霊現象では済まされない事態のようだ。
第4話 つないだ手のひら(2)
「あ、ああ、あのね、ちゃん、これはその、「あー…なんか、高町さん関係ありそうだね、この状況に」……はい」 『なんやようわからんことになっとるなぁ。周りもおかしいし』 「…だね」 きょろきょろと辺りを見回すおじさんに、小声で同意する。 突然の空間の変貌。どう見てもここは現実ではないし、どう視て≠燉H霊関係だ。それも、今まで遭った中でもトップクラスでやばい奴。 「早いところ、脱出しないと…」 『ああ…。それに、この場所…この感覚は…』 「あ、あの、ちゃん?」 「え、あ、ごめん。なに?」 「つかぬことをお聞きしますが…そのひとって、どちらさま?」 「『…え?』」 訊ねられ、はなのはが指差す方向に目を向けた。すなわち、おじさんの立っている場所に。 「さっきからずっと気になってたんだけど…なんか、透けてるよ、ね…?」 「…高町さん、見えるの?」 「う、うん」 「……念のために訊くけど、霊感とか持ってる?」 「ふぇ!? ええっと…生まれてこの方幽霊さんにお会いしたことはないのですが…もしかしてもしかすると、そのひとって…っ」 「まあ、そういうこと」 「…えええぇぇ!?」 があっさり肯定すると、予想どおりに驚愕の声が上がった。 「あうあうあうあう、そそそんな、そんなことって…!」 「落ち着いて。とりあえず害はないから。…うざい以外は」 『今ボソっとなんかつぶやいたやろ』 「でも、なんで急に。やっぱりこの場所になにかあるのかな」 『スルーか。またスルーなんやな。最近俺の扱いが雑になってきてへん!?』「最初からだよ」『ひどい!?』「ええっと…」 困惑顔のなのはに気づいて、はさっと肩をすくめた。 「とりあえずそれについてはあとで。今は脱出方法を考えないと。高町さん、なにかない?」 「あ、えっと…どうしようか、ユーノくん」 なのはが問いかけた先には肩乗りフェレット。よく見るとフェレットとはちょっと違うような気がするが、そんなの疑問は次の瞬間宇宙のかなたへ吹き飛んだ。 「見てわかると思うけど、ここはどうも異空間みたいだ」 「異空間?」 「うん。最初は、結界魔法かと思った。でも、それにしては魔力の発動が感知されなかったし、今もそれは同じ。レイジングハート、きみはどう?」 ――はい、私にも感知できません 「どういうことなの?」 「つまりぼくらは、結界魔法ではないべつのなにかによって、この空間に入れられた、ってこと。その力がなにかはわからないけど、この状況は間違いなくジュエルシードが絡んでる。だから、」 「ジュエルシードを探して、封印できればここからも出られる、ってことだね」 「そういうこと」 「……」 『……なあ。あのイタチ、「なにも言わないで」…うん』 突然の心霊現象に加えて魔法少女に、フェレット、しまいにはステッキまでしゃべり出している。もうツッコミなど放棄してしまいたい。っていうか、する。 「あー…ところでその、ジュエルシード? とやらは、なんなのかな?」 「あ、すみません。ええとですね、どう説明したらいいのか…」 しゃべるフェレット――ユーノと呼ばれていた――が悩んでいるようなので、は助け舟を出した。 「だいたいのことだけ聞かせてくれればいいよ」 「えっと…ジュエルシードというのは、言ってみれば願いを叶える石なんです」 「願い…? それはなんでも叶えるの?」 「なんでも、というわけじゃありません。ジュエルシードは全部で21個あるんですが、単体での力は小さなものです。全部集まって初めて、本来の力を使うことができるんですが―――」 そこで言葉を切って、ユーノは心なしか肩を落とした。(どこから首でどこから肩かわからないので勘でしかないが) 「でも、たとえ1つだけでも、とんでもない力を持っていることに変わりはありません。暴走させればこの辺いったいは容易に破壊されてしまうでしょう」 「(なんつう危険物だ)…それがこの状況を作り出してる原因なわけね」 「はい。ぼくはなのはに協力してもらって、そのジュエルシードを探しているんです」 「(……)とにかく、現状打破にジュエルシードの発見が必須ってことでいいんだね?」 「は、はい」 「そのジュエルシードの発動に必要な条件は、願い…思念だけ?」 「と、いうと?」 「人間にしか発動できないものなのかってこと」 「いえ、そんなことはありません。願いがあればだれにでも、なんにでも発動させることができます。…それと制御はまたべつの問題ですけど」 「なるほどね…」 は思案顔で虚空を見やった。 黙って話を聞いていたなのはが、小首をかしげてを見る。 「ちゃん…?」 「……」 『』 考え込んでいたに、隣のおじさんがようやく口を開いた。 『たぶん、の考えてることで、間違いないと思う』 「…どうして?」 『ひとつ訊きたいんやけど、さっき言うてたな。ここが魔法とは違う力で隔離されている≠チて』 「はい」 答えたのはユーノだった。 『それならたぶん、これは俺と同じ存在の仕業や』 おじさんの言葉に、なのはとユーノが驚きの声をあげた瞬間。 凍りつくような深い悪意が、その空間に降り立った。 |