そして昼休み。 屋上の一角に陣取った4人は、それぞれの弁当箱を包みから取り出した。揃って手を合わせて、「いただきます」と唱和する。 が自分のそれのふたを取った瞬間、隣にいたなのはが声をあげた。 「わあ、おいしそう!」 はわずか首をかしげて、自分の弁当を見下ろした。 「冷凍モノ多いし、たいしたことないけどな」 「え? もしかして、自分で作ってるの?」 「うん」 なのはが大きく目を見開いた。 「すっごぉーい…」 「そうでもないよ。ひとりで暮らしてたら、いやでも身につくって」 軽く答えたに向けられたのは、なのはの曇った表情だった。
第3話 ちいさな約束(2)
「なに?」 きょとんとして見回せば、アリサとすずかも気まずそうな顔をしている。 一瞬の沈黙のあと、なのはがためらいながら言った。 「ねえ、ちゃんは、ずっとひとり、なんだよね?」 「まあ、この1年くらいは」 「寂しくないの?」 「寂しい?」 「ひとりで暮らすって、怖くない?」 なのはの気遣わしげな視線には、混じりけなしの心配が見て取れる。は口を閉じた。 なのはは自分の手元に目を落とした。サンドウィッチにタコの形のウィンナー。ポテトサラダとミニトマトがきれいに盛り付けられた、母の手作り弁当だ。 「わたしもね、昔、おとーさんが入院してた時期があって…そのころは、ずっとひとりでお留守番してた」 遠くを見るような横顔を、は黙って見つめていた。 めいっぱいに愛情を注がれている少女。それにうそはないが、それだけではないと気づいた。あの家族のやさしさには、案外、負い目も含まれているのかもしれない。 「だから、ちょっとだけわかるんだ。ひとりぼっちの寂しさが」 アリサとすずかはなにも言わない。けれどその瞳に共感の色を見て、このふたりにもそういうモノがあるのだろうと思った。 は3人の視線を受けて、目を落とした。弁当箱からたまご焼きを取って口に入れる。ほの甘いそれを噛み潰して、飲み込む。そして言った。 「寂しくなんかないよ」 「…ほんとに?」 「高町さんは、どうか知らないけどさ」 一度言葉を切って、からあげを箸でつまむ。 「離れてたって、家族は家族でしょ」 それがわかってれば、充分だよ。―――言って口に放り込んだ。うむ、上出来。租借していると、横に視線を感じた。 振り向けばなのはが、ぽかんとを見つめていた。 「…なに?」 「あ、ううん! なんでも…」 あわてて首を振って、なのははまぶしいものでも見るように、目を細めた。 「強いなって、思って」 「…強い、ねぇ」 「わたしは、そんなふうには思えない…思えなかったから」 「考え方の違いだよ」「そうかなぁ」「そうだよ」 そう思わなきゃやってられないときもあるし、と、内心でひとりごちる。 なのはの言うような感情が、ないわけではない。けれど、寂しい、と言うのは、プライドが許さなかった。 ひとりで生きていけるようになりたいのだ。父に頼らずとも、父の同僚≠ノ助けを求めなくても。 自分の足で立てるように。自分の道を選べるように。 何者にもよらず、何物にも揺るがず。そんな人間に、はなりたい。 だって、そうでなければ自分はきっと、 (絶対平穏を掴み損ねる…!) わりと切実だった。 昼食を終えて、3人はに、約束どおり学校案内をしてくれた。 教室、実習棟、校庭、中庭。途中でいくつか見えないモノが見えてしまったり聞こえないはずの声が聞こえたりしつつも、は華麗にスルーを決め込んで3人のガイドを楽しんだ。とりあえず一階奥のトイレは使わないことに決めた。 そして中庭の片隅のベンチ。あまりのハイペースにとうとうなのはが音を上げた。 「ふぇー」 「なにへばってるのよ、なのは」 「うぅ、だってぇー。アリサちゃんたち、速すぎるよぉ」 「なっさけないわねぇ」 あきれたように息をついて、アリサが隣に座る。すずかはにこにこと、は見えないお友だちと目を合わせないように、それぞれベンチのそばに立つ。 「高町さんって、体力ないの?」 「ないわよ。この子すっごい運動音痴なの」 「なんでアリサちゃんが答えるの?」 「だって事実じゃない」 「そうだけど…」 不満そうにぷくー、と頬を膨らませるしぐさは、年相応にかわいらしいが。 (私がやったら不気味以外のなんでもないな) は想像してちょっと身震いした。 それを見てふしぎそうに首をかしげたすずかになんでもないと微苦笑して、なのはの顔を覗き込む。 「えっと、もうだいたい見て回ったし、そろそろ帰る?」 「あ、ううん、まだ大丈夫だよ」 ぐ、と両手をこぶしにして笑うなのはに嘆息する。 「そんなに無理しなくても。明日でもあさってでも、時間はあるんだから」 「うぅ…」 「言われてみればそうよね。昼休みに全部見せようとしなくてもよかったのよね」 「アリサちゃん、気づくの遅すぎ…」 「ふふ。アリサちゃんは張り切ってたんだよね。ちゃんにこの学校を好きになってもらいたくて」 「う、うるさいわよすずか! べつにあたしは…!」 「うふふふふ」 「って、聞きなさーい!」 (これがうわさに聞くツンデレってやつか。なるほど) 「…。今変なこと考えたでしょ」 「(ぎく)え、べ、べつに?」 半眼でにらみあげてくるアリサから白々しく顔を逸らす。すると、なのはと視線がかち合った。 なのははまじまじとの顔を見つめている。 「…なに?」 「あ、えと…ちょっといいかな、ちゃん」 なのはは手を伸ばして、の前髪を掻きあげた。ピンで留めた右側はともかく、左側は長い前髪に隠れてよく見えない。 なのはは手でそれをよけると、じっとの両目を覗き込んで、言った。 「やっぱり」 「どうしたの、なのは?」 「ちゃんの目。真っ黒かと思ったら、ちょっと違うの」 なのはの言葉に、アリサとすずかが顔を見合わせ、なのはと同じようにの目を見つめた。 「あ、ほんとだ」 「ね? ちょっと、青みかかってるでしょ?」 「日の出直前の空みたいね」 「…そう?」 きらきらと幼く輝く6つの瞳に見つめられて、は困惑気味に相槌を打った。 3人がますます楽しげにの双眸を覗き込んでいると。 ――キーンコーンカーンコーン 予鈴が鳴った。 「あ、もうこんな時間…!」 「早くしないと、授業に遅れちゃう」 3人があわてて顔を上げる。はようやく解放されたことにほっとしつつ、駆け出す少女たちの背を追った。 次の授業ってなんだっけ。算数よ。あーあ、またつまんない時間が来るのね。それアリサちゃんだけだよ。―――そんなやり取りを聞いていたは、ふいに背筋に悪寒を感じた。 (うわ、これって) 鳥肌が立った腕を見下ろす。同時に、後頭部に視線を感じた。どこか、校舎の中から注がれている。それは案内中に見かけたどれよりも強かった。 はそれを振り切るように、走る速度を上げた。 「あっ、!?」 「ビリは罰ゲーム!」 「えっ、うそ!?」 「おもしろいわね! 負けないわよ!」 「勝てるものなら勝ってみなー…って、月村さん速っ!?」 「ま、待ってよ、みんなぁー!」 声が聞こえた。 少女の声だった。 『―――かえして』 は聞こえないふりをして、校舎の中へ駆け込んだ。 |