始業式の朝。 幼馴染のなのはたち3人組は、いつものようにバスで待ち合わせて登校した。 新年度だからか、校内の空気は浮き足立っていて、それは3人も同じだ。とくに、なのはたちにはもうひとつ、楽しみにしている事柄があった。 「ちゃん、どこのクラスになるのかな」 「同じ学年だし、もしかしたらクラスも一緒になれるかもしれないね」 「そう都合よくいくわけないでしょ。まあ、そうなったら楽しそうだけどね」 つい先日出会ったばかりの友人が、今日、この学校に転校してくる。 会ったらなにをしようか、どこで遊ぼうか。そんなことを話し合いながら3人は、張り出されたクラス分け表に従って――3人一緒だったことに大喜びだったことは言うまでもない。――自分たちの教室に入った。 すると、教室内にいた友だちのひとりが気づいて、小走りに駆け寄ってくる。 「ねえねえ、知ってる?」 「なに?」 「今日このクラスに、転校生が来るんだって!」 それを聞いた3人は、一様に目を見開き、互いを見合わせて、うれしそうに顔をほころばせた。
第3話 ちいさな約束(1)
自己紹介のため教壇に立ったは、室内を見回して内心でひとりごちた。 (ってゆーか、なぁ…。なんつう偶然) いっそ作為さえ感じるほどの偶然だ。 このあいだのあの顔ぶれが、同じクラスに勢ぞろいしているのだ。これはもう神とか悪魔とか、とにかくメタな存在のしわざに違いない。 真ん中の列になのはとすずか。窓側にアリサが、それぞれに笑いかけてきている。なのはにいたっては手を振ってきて、クラスメイト数人がいぶかしげにしている始末だ。なにがそんなにうれしいのか。 喜ばれるほうとしては、悪い気はしないけれど。 なんとなく居心地の悪さを感じていると、先生の話が終わって、こちらに視線が向けられる。促されたは半歩前に出ると、口を開いた。 「です。今日からよろしくお願いします」 軽く微笑を添えるのがポイント。室内の顔を見渡し、そこそこ好印象をゲットできたと確認したは、なのはたちに目をやった。 3人は笑顔のままで、は少しくすぐったくなった。 休み時間に入ると、クラスメイトたちがいっせいにのもとへ押し寄せてきた。好奇心に満ち溢れた瞳の集中砲火に口元が引きつる。 「ねえねえ、どこから来たの?」 「誕生日と血液型と好きなタイプ教えて!」 「こっちはどう? もしよかったらいろいろ案内してあげる!」 「わからないことがあったらなんでも訊いてね!」 矢継ぎ早に繰り出される質問に最初は面食らっていたが、すぐにペースを取り戻したはそれぞれに落ち着いて対応する。 「前は新宿に住んでたんだ。親の都合でこっちに。2月14日生まれのAB型。好きなタイプなんて訊いてどうすんの。まあしいて言うなら普通のひと。いい街だよね。ありがとう、機会があればね。うん、ありがとう」 よほど転校生が珍しいのか、止まる気配を見せない質問攻めに苦笑していると、人垣の向こうから見知った顔が3つ、近づいてくるのが見えた。 「はいはい。それくらいにしなさいよ。がびっくりしてるじゃない」 「え? アリサちゃん、知り合いなの?」 「あたしだけじゃなくて、こっちのふたりもね」 驚いているクラスメイトたちをすり抜けて、アリサがの腕を掴んで立たせる。 「というわけで、こいつはもらってくから」 「えぇー!?」 にやりと笑ったアリサはそのままなのはとすずかを引き連れて、を教室の外まで引っ張っていった。 クラスメイトの抗議の声を、華麗にスルーして。 「…バニングスさん、いいの?」 「いいのよ。あんただってちょっと困ってたでしょ」 「まあ、ね」 あそこまで興味もたれたことはなかったから。そう言うと、アリサはさっと肩をすくめた。 「転校生が珍しいのよ」 「うちって、私立だものね」 すずかがうなずく。 「うん、めったにいないよね、転校生なんて」 それにしても、となのはが続ける。 「ほんっとーに、すごい偶然! びっくりしちゃった!」 「朝、転校生が来る、なんて噂されてたから、まさかとは思ったけどね」 「同じクラスになれるなんて、思ってもみなかったよね」 なのはとすずかがにこにこと笑っている。アリサもまんざらではない顔でいるのを見て、はむずがゆくなって身体をゆすった。 熱を持つ頬をごまかして、廊下を見回す。 教室からこちらを覗いているクラスメイトと目が合った。あわてて引っ込む姿にちいさく笑う。 「でも、ずいぶん対応に慣れてたわね」 「ああ、転校多いって話したでしょ。いやでも慣れるよ」 「自己紹介のときも、ぜんぜん緊張してなかったよね」 なのはが感心したふうで言う。 「そりゃまあ。名前言うだけだし、たいしたことないよ」 「そうかなぁ。…うぅ。なのはだったら絶対無理です」 それを聞いたアリサがにやりと笑う。 「あせってなんかトチりそうよね」 「うっ」 が引き継ぐ。 「名前噛んだりして」 「はう」 「それで笑われて真っ赤になるのよね」 「うぅぅ」 アリサの追撃にのトドメが行く。 「んで最終的に先生がフォローする、と」 「容易に想像できて笑えるわ」 「うぅー…もう! ちゃん、アリサちゃん! ひどいよーっ、いくらなんでも自己紹介ぐらい自分でできるってば」 「だってなのはだし」「高町さんだもんねぇ」 「どーいう意味!?」 「「そういう意味」」 「もーっ!」 両手を振り上げて怒りを表すなのはだが、すぐに笑い出す。釣られて、アリサとすずかも噴出した。 その様子を見ているもまた、穏やかな表情を浮かべていた。 ひとしきり笑ったアリサは、目じりの涙をぬぐって、を見やった。 「、昼休みはどうするの?」 「ん? 弁当作ってきてるけど」 「じゃあ、一緒に食べようよ」 なのはが身を乗り出して誘ってくる。 「一緒に?」 「うん。だめ?」 「いや、いいけど…」 「やった!」 「楽しくなりそうね、なのはちゃん」 「うん!」 元気よくうなずくなのはと、笑顔のすずか。ふたりを一瞥したアリサはに言った。 「じゃあ、ついでに学校の案内もしてあげるわ」 「え?」 「題して、聖祥大学付属小学校探検ツアー。隅から隅まで引きずりまわすから、覚悟しなさい」 「にゃはは…手加減お願いします」 「…なんでなのはが言うのよ」 がっくりと肩を落とすアリサと苦笑するなのは。 なごやかな雰囲気にはおだやかに目を細めた。 「ん、じゃあ、よろしく」 「ええ。任せときなさい」 アリサが気を取り直して胸を張る。 その後しばらく雑談をして、予鈴とともに4人は教室に戻った。 |