さわやかな朝の風を切って、は街を駆けた。 とある事件以来、日課となっているジョギングをこなす。 脚力は大事だ。なぜなら、逃走時には足の速さがものを言う。相手を振り切る瞬発力、逃げ続ける持久力、この2つはきわめて重要だ。 巻き込まれる前に逃げろ。これが、が今までの経験で得た教訓だ。 なにが悲しくて逃走を前提にジョギングをしなければいけないのか。は遠い目をしつつ、家に帰るべく公園を駆けた。 と、そのとき。 一陣の風が吹いた。 「!?」 いや、違う。今のはただの風じゃない。 思わず足を止めて振り向いた先には、異様な光景があった。 「……なにあれ」 3人の男女――親子だろうか――が、広い公園を疾駆する姿があった。 速い。もっそい速かった。 「……」 見なかったことにしよう。 はかぶりを振って、家路についた。
第2話 そこはかとなく変な人々(1)
昼。は今朝走った公園を散策していた。 出るときばったりとはやてに会ったが、今日は検診だとかで、ものすごく惜しそうな顔をしつつ出かけていったので、今はひとりだ。 子どもの笑い声が響く中を、てくてくと歩く。 (ほんと、いいところだよなぁ) 海は近いし緑は多い。なにより思うのは、ほかの街よりも幽霊のたぐいがほとんどいないことだ。 どこにでもいるはずの陰惨とした姿が、ここでは驚くほど少ない。 きれいだ。少なくとも、目に映る範囲は。 まるでだれかに管理でもされているような感じだ。 ありがたいけどちょっと怖いな、と持ち前の臆病さを発揮していたは、ふと気づいて足を止めた。 「……?」 猫の鳴き声だ。首をめぐらせて、ある木の上で留まった。 白い仔猫が枝の上にいる。どうやら登ったはいいが降りられない様子だ。 なんとなく、目が合った。 にゃあにゃあ。 いや、無理。 にゃごにゃご。 飛び降りれ。 にゃあっ!? な〜おぅ。 色仕掛けか。仔猫ながらやるな。 うにゃぁ。 だが断る! にゃっ!? 自分でなんとかしなさい。 …にゃぁぁぁ…。 泣いてもだめ。 にゃぉぅ……。 ……。 にゃあ。にゃぁぁぁぁ…。 ………、はあ。 うにゃ? なんか最近、こういうパターンが多い気がするなぁ。 そんな視線だけのやり取りを経て、は靴と靴下を脱いだ。 心なしか期待の目で見つめてくる仔猫に、やっぱり視線で「じっとしてろ」と言って、木に足を引っ掛けた。 猫顔負けの鮮やかさで、仔猫のいる場所まで登ったは、両手を広げる。 「ほら、おいで」 「にゃ、にゃあああ!」 「って、飛び込んでくるなぁああ!!!!」 あわててその身体を受け止めたとたん、バランスを崩したは地面へ落下する。ニュートンさんが発見した重力は、今日も元気に稼働中だ。 とっさに仔猫を抱いて、受身の態勢に入る。落下距離が短かったこともあって、足での着地には失敗したが、うまく衝撃を殺すことができた。 「っ…ああ、もう! このバカ猫! お仕置きだ!」 「にゃぁああ!?」 思いっきり逆毛に撫でてやった。 気持ち悪さに身もだえる猫に一応の満足を見て、開放する。 猫は地面に降りたものの、から離れることなく、その場に座った。 「はあ…」 「あ、あのっ!」 「え?」 顔を上げると、そこには3人の少女が立っていた。と同じくらいの年頃で、ロ○コンが見れば血涙流して海に飛び込むような容姿をしている。要約すると、美少女。 「だっ、大丈夫ですか?」 ツインテールの少女が、ハンカチを差し出してくる。 なんのことかと首をかしげて、彼女の視線をたどったは、 「…あ」 右手から流れる赤い血にぽかんとした。 どうも落ちるときにどこかで引っ掛けたようだ。手のひらからだらだらと、ひじまで伝っている。 「これ、使ってください」 「あ、えと…ありがと」 ありがたくツインテール少女のハンカチを使わせてもらう。 後ろに立っていた黒髪少女が、近くに座っていた仔猫を抱き上げる。 「おまえは、怪我はない?」 「なーおう」 によってぐしゃぐしゃにされた(出血に気づかず撫で回したため赤いものが付着している)毛並みを、撫でつける少女。心地よさそうに目を細める仔猫にあきれの一瞥をして、金髪少女がの傷口を見る。 「結構深そうね。手当てしたほうがいいんじゃない?」 「あー…」 「っ……」 血が苦手なのか、黒髪少女はから目をそらしている。 金髪少女が手際よくハンカチを巻いてくれるのを見ながら、が答えた。 「あぁー…まあ、なめときゃ治るでしょ」 「あのね、唾液はばい菌がいっぱいなんだから、ほんとは消毒にはならないのよ?」 「は、はあ…」 「えと、じゃあうちに来る? すぐそこだからさ」 「え、いや、でも、」 にこにこと悪気のない顔で、ツインテールが言う。 「これくらい、なんでもないし…」 「だめだよ! アリサちゃんの言うとおり、放っておいたら悪化するよ?」 とたんに怒った顔をする。表情豊かな子だ。 「いや、けど、」 「だめ」 「あの、」 「だめ」 「だいじょう「だめ」……」 真剣に自分を心配している少女の様子に、は肩を落とした。 おとなしそうな顔をして、なんだこの強情さは。 「わかったよ…」 「うん!」 いつものことなのだろうか。 黒髪はにこにこと笑ったままで、金髪もため息はついたが、なにも言うことはなかった。 |