結論から言うと―――シカト作戦は失敗だった。 開始10分で見事にK.O。 一から説明すると長くなるので、そのシーンだけ回想する。 「ほんでそのだれもいないはずの病室からすすり泣きが聞こえてくるんねん。あとで聞いた話やと、昔そこに入院してた女のひとがおったんやけど、病気で亡くなってしもうたんやって。未練なんかなぁ」 『まあ実際はヤケ酒かっくらってるおばちゃんやったんやけどね』 「泣き上戸かよ!?」 「え?」『え?』 「……あっ」 敗因は、のツッコミ気質。
第1話 人の夢、と書いて儚い(2)
「はやて、にんじん剥き終わったよ」 「あ、お疲れさん。したら、冷蔵庫から板チョコ出しといてくれる?」 「はやてはチョコ入れるんだ」 「うん。は?」 「私はソース派。結構うまいよ」 「そうなんやー。今度試してみよ」 八神はやてと名乗った少女は、街案内が終わったあと、を晩御飯に誘った。 の家にも両親が不在だと聞いたのと、引っ越したばかりということもあって、はやてはの遠慮を聞き入れなかった。 押し切られる形になったは、ただご馳走になるのも悪いからと、はやての料理の手伝いを申し出た。 「それにしても、、ずいぶん手馴れとるなぁ」 「私もひとりが長いからね。炊事洗濯掃除、家事全般は一通りできるよ」 「ほぇー。すごいなぁ、は」 「そうでもないよ」 は軽く答えた。 実際、車椅子というハンデを持っているだけ、はやてのほうがすごい。 家事をこなしひとりで生活をしているというのもそうだが、なにより、ひとりぼっちという心細さをなんでもないように振舞う精神力に、舌を巻く。 はなんだかんだ言って、いざというときは父の仕事仲間≠ェ助けてくれる。ひとり暮らしも、の意志を尊重してのことだ。 なにかあればすぐに助けが来るとわかっていると、なにかあったとき、近くに頼れるひとのいないはやて。 現状が似ていても、実際はまったく違う。 (それでも笑ってられるんだから、鋼鉄の精神力って感じだよねぇ) それがいいのか悪いのかはべつとして。 マカロニサラダにカレーライス、スープが食卓に並んだ。食欲を誘うにおいがリビングに漂う。 とはやては向き合って座り、両手を合わせた。 「それじゃ、」「うん」 「「いただきまーす」」 はさっそくカレーに手をつける。 一口食べた瞬間、目を見開いた。 「うまっ。なにこれ、私が作るのとぜんぜん違う」 「ほんま? 気合入れて作った甲斐があったわ」 『せやろせやろ? はやての料理は世界一やからな!』 「(食べたことあんのか?)いやほんとにおいしいって」 「あはは。おおきに」 『はやてはええお嫁さんになれるでー。やらんけどな!』 「(うっさいなこいつ)」 「? 、なんか言った?」 「ああ、なんでもない」 が視える≠ニわかってからいままで、しきりに話しかけられているが、徹底して無視を決め込んでいた。 幽霊と話すことはないし、なによりはやてがいる。あのときはどうにかごまかしたが、これ以上虚空に話しかけるなんて奇行はしたくない。 電波のひと≠ネんて称号はまっぴらだ。 目指せ平穏。 「そういえば、さっきも聞いたけど…はやてってほんとにずっとひとりなの?」 「うーん、さすがに昔はお手伝いさんも来てもろてたけど…今はもうだいぶ一人でできるようになったからなぁ」 「…手伝ってもらえばいいじゃん」 はやては苦く笑った。 「迷惑かけとうないんや」 「……」『……』 はカレーを租借して飲み込む。数秒、重い空気が漂うと、はやてはあわてて話しかけてきた。 「は、どうなん? えと、お父さんとかは…」 「母さんは、私が生まれてすぐに死んだ。父さんは仕事が忙しくって、あちこち飛び回ってるよ。今はたぶん、エジプト」 「へぇー。海外で仕事なんて、のお父さんはエリートなんやね」 「いや、それはどうだろ」 あれをエリートというのか。 かなり腕はいいらしいが、にとっては変人で変態な男としか認識できない。 というか、あれを天才と呼ぶ彼らの気が知れない。あれはただのバカだ。天と地と精霊の御名において断言できる。 「…はやて、生活費はどうしてんの? まさかそれも自分でやってるとかいわないよね」 「あはは、さすがにそこまでは。お父さんたちの知り合い言うひとが、お父さんたちの遺産の管理をしててくれてな。海外やから、会ったこともないけど、手紙はときどき送ってる。ええひとやよ」 「ふうん、……?」 はやての背後の彼≠フ表情が曇った。 「?」 「ああいや、なんでもない」 はサラダに手をつけながら、考える。あ、このマカロニサラダ超うめぇ―――ではなく。 はやての保護者の話はずいぶん不審な点がある。 第一に、はやてをひとりで暮らさせているというところだ。 海外だからとはやては言っていたが、だったら向こうに呼び寄せるとか、介護サービスを頼むとか、手段はあるはずだ。 はやての意志を尊重した、というのは無理がある。と違って、彼女は車椅子だ。それを手の届かない場所にひとりで暮らさせるなど、まともとは思えない。 (金の面倒だけ見てあとは知らんふり、か。どこまで保護者≠ネのかわからないな) 会ったこともなく、やり取りは手紙だけというありさま。怪しいことこの上ないが、はやてはかけらも疑いを持っていない様子だ。 はちらりと肩越しに見やった。彼≠ヘどう考えているのだろう。さっきの表情の変化も気になる。今度たずねてみようか。 (…………、いやいやいや。なに変なやる気起こしてんの私) これではどんどん深みにはまっていく一方だ。 はやてが訳ありだろうがあの男がなにを思っていようが知ったことじゃない。 (厄介ごとを自分から背負い込むなんてまっぴらだっつうの) 「どないしたん、?」 「…なんでもないよ」 自分には関係ない。―――そう、関係ないのだ。 |