最愛の僕の宝物へ やあ、元気かい? 今さっき本部から連絡を受けたんだけど、いやー、参ったね。 まさか僕の送った荷物が爆発して家が炎上しちゃうとは。お父さん予想GUY☆ 人生ってなにが起こるかわからないね。その話を聞いて小一時間笑いっぱなしだったよ。腹筋攣って超痛い。 しっかし、報告受けてホテル手配まで5分でやってのけちゃう日本支部局の事務員さんはさすがだね。とりあえずお礼の品を送っておいたよ。あとで聞いたら泣いて喜んでたって! 栄光の手。あれはいいものだ。 さてさて。そんなわけで帰る場所をなくしちゃったわけだけども。 お父さんはすごいからね。もう一戸建てを購入済みさ。 前の家とずいぶん離れちゃうけど、まあ好都合なところもあるしいいかな。 海が近くていいところだよ。行ったことないけど。 学校の手続きはもう済ませておいたから、あとは編入試験受けるだけだよ。がんばってネ。 それじゃあお父さんはこれからエジプトでミイラ掘り当ててくるから。元気でやってね、My treasure! とりあえず燃やした。
第1話 人の夢、と書いて儚い(1)
叶えたい夢がある。 あの空よりも遠く、泡よりも脆いけれど。 それでも、叶えたい夢がある。 だれにも理解されなくても、どれだけ無駄だと嘲られても。 その夢を、手放すことなんてできないから。 だから何度も繰り返す。次は届くと、信じながら。 小さく、けれどたしかな声で、―――祈る。 「ギブミー平穏」 新築のにおいがする家のリビング。その真ん中で寝そべった少女のつぶやきが、むなしく響いた。 肩より下まで伸びた髪は床にばらけ、ピンで留められた前髪もだらしなく崩れている。すっとした鼻筋に薄い唇。丸みを帯びた白い頬はふた桁にもならない少女の幼さの証明だが、表情は諦念で彩られ、大人びて見せている。 。8歳にして平穏を望む、なんかいろいろと苦労している小学生だ。 ―――平穏。とてもしあわせな響きだ。 平穏な日々では決して黒ずくめの男たちに追われることはないし、父親からの郵便物が爆発したりもしない。自治会の会長さんに「頼むから出てって」と土下座されることもないし、警察に事情聴取されたりそれなのに謎の電話一本で手のひら返したように若干怯えられながら丁重に帰されたりもしない。 望むのはたったひとつのことなのに、どうしてこんなに遠いのだろう。 (だいたい、なんだあのフザケタ手紙は) 反省の色一切なし。っていうか腹筋攣ったとか書いていたし。 そういえば前にも、呪い人形を送ってきてひどい目に遭った。 なんかよくわからない宝玉と、それを狙ってさらによくわからない連中が襲撃してきたこともあった。あのときの逃亡生活がきっかけで、は自分を鍛えることを誓った。自分の身は自分で守らねば。 そう、人間は結局、最後に信じられるのは自分だけなのだ。 (…あれ、目から水が…) 塩辛い回想をしていると、が飼っている腹の虫が鳴きだした。昼時だ。思い出すだけで胸とか胃とかが痛くなる思い出はしまって、昼食を買いに行こう。 は気を取り直して立ち上がった。 海鳴の街は、たしかにいい街だ。 ちょっと行けば東京とは思えないほどきれいな海が見え、緑も多いし、なにより空気が穏やかだ。 これまでも(父の巻き起こすトラブルのせいで)いろいろなところを転々としてきたが、ここはその中でもずいぶんきれいなところだ。 (ま、そんなに長くいられないんだろうけど―――ん?) コンビニ弁当を近くの公園で食べて、腹ごなしがてら散策していると、前方に車椅子の少女が見えた。 なにをしているのかと思えば、どうやら買い物の荷物をぶちまけてしまったらしい。 付き添いもいないようで、周囲にも人影がない。 声をかけようとして、はためらった。少女の背後、約1メートルのところにたたずむ、とある影を見つけたせいで。 (うぅ、関わりたくない…すごく関わりたくないけど……こ、ここで見捨てたら、なんか私、すっごいひととしてだめになってしまう気がする…) あの常識という枠から突き抜け180度転回したような父親よりも、ひととして堕ちてしまう気がする。 倫理か平穏か。そのせめぎあいに勝利したのは、前者だった。 「手伝おうか?」 「え? あ…」 ヘアピンで前髪を留めた少女は大きな瞳を丸くして、を見上げた。 「おおきに。すまんけど、拾ってくれる?」 すまなそうな顔で、けれど瞳に安堵の色を浮かべる少女を見て、声をかけてよかったと思った。 はしゃがみこみ、散らばった荷物をビニール袋に入れていく。牛乳、にんじん、たまねぎにじゃがいも。最後にカレー粉を入れて、立ち上がった。 「じゃ、行こうか」 「へっ?」 「送ってく」 「え、え、いや、でも! そこまでしてもらうわけには…!」 あわあわと遠慮を口にする彼女を見やる。 たしかに、ここでさようならと言えば、少女の後ろのソレ≠ニも関わらずに済むけれど。 (ここで別れても、なんか気になるしなぁ) 見たところ少女は同年代のようだ。そして車椅子。なぜひとりで買い物をしているのかも気にかかるところだ。 一度関わった以上、中途半端にはしたくない。 (き、きっと、見えないふりしとけば問題ないよね) は丁寧にソレ≠ゥら目をそらして、はやてに話しかける。 「私、ここに引っ越してきたばっかりでさ。ついでに街案内とかしてもらえると助かるな」 「え、そうなん?」『そうなん?』 後ろで少女と一緒になって首をかしげるモノがいるが、無視。 「ほなら、助けてもらったお礼や。このへんぐるっと案内してあげる」 「ん、ありがと」 「あはは、それは私のセリフや」 『俺からも、おおきになー』 同時に浮かべた少女とソレ≠フ笑顔はまったくよく似ていた。 「…じゃあ、行こうか」 「うん、しゅっぱーつ」『しんこー!』 明るい声で進みだす2人≠フ後ろを、はため息を殺してついていく。 車椅子の少女の隣を歩く、白いワイシャツの茶髪の男。その姿は半透明で、向こう側が透けて見える。 が自分の父親と並んで、決して関わりたくないモノ、それは―――俗に言う、幽霊というやつだった。 |