いとしき貴女へ 「声をかける」



「蓉子さん?」
 背後まで近づいて声をかけると、蓉子さんは驚いた顔で振り向いた。
さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう。どうかしたの?」
 教室の机を覗き込んで、なにを探していたんだろう。

 訊ねると、蓉子さんは微苦笑して、本、と答えた。
「本?」
「えぇ。図書館で借りた本を、どこかに置き忘れたみたいで…。昼休みまではあったのだけど」
「珍しいね」
 ほんとにびっくりしてしまって、私は目を見開いた。

 蓉子さんは微苦笑をほんとの苦笑に変えて、言う。
「私だって、忘れ物くらいするわよ。みんなどうしてそう言うのかしら」
「みんな?」
「さっきそこで聖に会ったときに訊いたら、同じこと言われて…もっとも、彼女はからかっていたみたいだけど」
 ため息をつくと、蓉子さんは困り顔で目を伏せた。

「今日が返却日だから、早く探さないと…」
「なにか思い当たることは? 昼休みにはあったんでしょ? そのとき、なにしてたのか思い出せばわかるんじゃない?」
「そうね…」
 数秒考え込んだ挙句、蓉子さんは、あ、と声を上げた。
「そういえば、薔薇の館に一度行ったわね…もしかしたら、そこにあるのかもしれないわ」

 蓉子さんは私に一言お礼を言うと、すぐさま踵を返した。
 私はその背中に、


慌てて呼び止めた。
軽く手を挙げて見送った。



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up data 05/2/13