いとしき貴女へ 「声をかける」 「蓉子さん?」 背後まで近づいて声をかけると、蓉子さんは驚いた顔で振り向いた。 「さん。ごきげんよう」 「ごきげんよう。どうかしたの?」 教室の机を覗き込んで、なにを探していたんだろう。 訊ねると、蓉子さんは微苦笑して、本、と答えた。 「本?」 「えぇ。図書館で借りた本を、どこかに置き忘れたみたいで…。昼休みまではあったのだけど」 「珍しいね」 ほんとにびっくりしてしまって、私は目を見開いた。 蓉子さんは微苦笑をほんとの苦笑に変えて、言う。 「私だって、忘れ物くらいするわよ。みんなどうしてそう言うのかしら」 「みんな?」 「さっきそこで聖に会ったときに訊いたら、同じこと言われて…もっとも、彼女はからかっていたみたいだけど」 ため息をつくと、蓉子さんは困り顔で目を伏せた。 「今日が返却日だから、早く探さないと…」 「なにか思い当たることは? 昼休みにはあったんでしょ? そのとき、なにしてたのか思い出せばわかるんじゃない?」 「そうね…」 数秒考え込んだ挙句、蓉子さんは、あ、と声を上げた。 「そういえば、薔薇の館に一度行ったわね…もしかしたら、そこにあるのかもしれないわ」 蓉子さんは私に一言お礼を言うと、すぐさま踵を返した。 私はその背中に、 慌てて呼び止めた。 軽く手を挙げて見送った。 |