物事はシンプルであるべきだ。 チカは常々そう思っている。 世の中には複雑なものが多すぎるのだ。そのくせ根っこは取るに足らないものであることが大半で、いい加減辟易している。 そして世間ではそういったものが概して受けたりするもので、それもチカをうんざりさせる要因である。 ゆえにチカは、あえてこの世の中の流れというものに逆らってみようと思う。 シンプルに、単純に、わかりやすく明快に。 ごみ山で女の子を拾いました。
いっきょくめ
「………最初から話しなさい」 眉間に指を当ててうめくようにおじさんが言った。 とある小さな町工場。今日も元気に働くおっさんたちの一人である彼は、チカの保護者である。 「だからごみ山で」 「どこでなにしたはわかったから、だれがとなぜを言いなさい! いったいどこをどうしたらリヤカーで女の子を連れてくることになるんだ!」 「えー」 シンプルが一番なのに。というかメンドイ。 チカはぷう、と頬を膨らませて、不満げな態度のまま説明を始めた。 「パソコンがほしかったんです」 ますますわからない。 「だからごみ山へ「ちょっと待て」……はい?」 「パソコンほしくてなんでごみ山なんだ」 チカはきょとんとしておじさんを見上げた。 あれ、なにこの「なにを当たり前のことを」的な顔。おじさんなにも間違ってないよね?―――おじさんは混乱している。 「……え? だって、家電はまずごみ山ですよね」 逆に聞かれてしまった。 「な、ないだろそれは」 「えっ、よくありますよ」 「(え、あるの?)」 「それでですね、わたしがパソコン発掘に精を出していたら―――、」 それはいくつかあるごみ山でひときわ大きな山にいた。頭上遥か高く、陽光に輪郭を縁取られた山の頂点に。 くったりと身体を折り曲げて、うつぶせに冷蔵庫の上に倒れているナニカ。 チカはしばしじっとそれを見つめ、ふいに唇を緩めた。 あたかも若かりしころに飛び出して行った故郷に久方ぶりに夢破れて戻ってきた男がするような、遠くも切ないまなざしで。 「……いやいや。気のせいだって。そんなわけないじゃん。あれはホラ、あれだよ。そう、ねぎだよ。なんか緑っぽいし、ちょっとでかいけど今そういうの流行りじゃん? 巨大かぼちゃとか巨大スイカとかでかさで競ってるじゃん、あれもそのたぐいのもんだよ。どっかの農家のひとががんばっちゃったんだよ。気合入りすぎて尋常じゃないでかさになっちゃって困った末の犯行だよ。農家のひとに罪はない。すべては国内生産をないがしろにしてきた政治が悪い。さ、パソコンパソコン」 くるりときびすを返し、再びごみを漁り始める。 しかしその手は数分もしないうちに止まる。 三点リーダーを三つほど並べたのち、ちら、とちょぴっとだけ後ろを見る。 「………いやいやいや。ねぎねぎ。あれはねぎ。だからない、なにがないかわからないけどとにかくない! ………」 ちら。 いやいやいや。 ………。 ちら。 いやいやいや! ………。 「んで、拾ってきちゃったわけか」 「はい……」 そして改めて、彼女が連れてきた少女に目をやった。 「……それにしても、」 おじさんは少しだけ頬を引きつらせて言った。 「リヤカーはまずいだろ」 「自転車はさすがに無理でした」 「うん、乗り物を問題にしてるんじゃないよ」 若干ずれた返答に、彼は亡き親友を思った。おまえ、育て方間違えたよ。 「でも、なんでこの子を拾ってきたんだ?」 「精神衛生上、なんかアレだったので」 「………ああ、うん。まあなぁ」 そうだろうなぁ。おじさんは遠い目をしながら少女を見た。 そりゃあ、こんなかわいい女の子をごみ山に放置するのは気が咎めるだろう。 ―――たとえ中身が機械だったとしても。 「ヒューマノイドを不法投棄なんて、めったにないよな」 「そうなんですか?」 「ああ。中古でも結構するし、この子は人気のモデルだから」 「へぇ…?」 チカにはさっぱりわからなかった。 なにしろこの夢が現実になったといわれるリアルSF時代に、パソコンのひとつも持っていないアナログ人間である。チカは気持ち昭和の人間だ。 当然ヒューマノイドとかいう最先端の技術には、きっぱりとついていけない。 なにしろこの青緑の少女がヒューマノイドだと気づいたのだって、たまたまごみ山が雪崩を起こして彼女が落ちてきたせいだ。 ひざがぱっくり割れて機械部分が丸見えになってようやく、火サスのテーマ曲から抜け出すことができたのだ。 疑問符を飛ばしまくっているチカを置いておいて、おじさんはチカが連れてきたその緑髪の少女を観察しはじめる。 「うーん、これは……」 「……」 「この部品は手に入るだろうな。こっちは難しいけど、修理すれば問題ないか」 「……」 「ここ以外に外傷は……ああ、ここの人工皮膚が裂けてるな」 「……」 「えーっとあとは―――、……?」 そこでおじさんは、自分をじっと見つめる視線に気がついた。 「……なんだ、チカ? どうかしたか?」 「いえ、あの……こう言ったらなんですけど……」 「ん?」 困ったように眉を下げて、チカはしばらく口ごもったあと、言った。 「おじさん、犯罪者っぽいです」 「………」 十分後。 「さて、まあとりあえず、修理は可能だ。いくつか必要な部品もあるが、これは知り合いを当たればなんとかなるだろう」 「……はい」 「けど送ってもらうにしてもちょっとかかるから、いますぐには無理だな」 「……はい」 「あとおれは変態じゃない」 「……はい、すみませんでした」 ひりひりと痛む頭の頂点を抑えながら、涙目でチカは頭を下げた。 女の子にも鉄拳制裁、そんなんだから三十過ぎても彼女がいないのだ。 「なんか言ったか?」 「あ、タイムセールス始まる!」 チカは脱兎のごとく工場を飛び出した。 |