最近、うちにノラ猫が棲みついた。 そのノラ猫は銀色のきれいな毛並みで、撫でられると牙をむく。けっしてひとに媚を売らない孤高の猫だ。 そのくせなぜかほぼ毎日わたしの部屋に入り込んでは、勝手にベッドの上で丸くなっている。 まったくもってふてぶてしい、自由気ままなノラ猫だ。 (…またか) わたしは真っ暗な自分の部屋に、自分以外の気配を見つけて、電気をつける手を止めた。 カーテンのあいだから射し込む月明かりを頼りにベッドを見ると、毛布をかぶってだれかが寝入っている。 勝手にひとの部屋に侵入し、勝手に眠る人間はひとりしか知らない。わたしはため息をつくと、音を立てないように注意して荷物を置いた。 気遣っているわけでは、けしてない。単に眠りを妨げると彼女の機嫌が最高に悪くなるからだ。 だからといって、床に寝るなんてこともしない。 ここ数日、連続して出動で、わたしたち技術者は寝る暇もなく修理にメンテに大忙しだった。その上こんな自己中のノラ猫に遠慮して、ろくに身体も休められないなんて冗談じゃない。 わたしは起こさないようにしながら、彼女の隣にもぐりこんだ。 もぞもぞと身じろぐ銀髪を一瞥して、背を向けて目を瞑った。 ロベリア・カルリーニとわたしの関係は、おおむねこのようなものだ。 朝の陽射しに眉をしかめる。片目を開けて時計を見やれば、昼を過ぎている。けれど昨日寝付いたのは明け方。まだ足りない。もう一眠りしようと毛布をかぶりなおしたとき、台所からいいにおいが漂ってきた。 あのひとか……。 「起きてんだろ?」 声をかけられて、わたしはしぶしぶ半身を起こした。 あくびをして、テーブルの上に皿を並べるロベリアさんを見る。 「…なにしてるんですか」 「見てわからないか? 朝飯の準備」 「……」 食材は。 目で訊ねると、ロベリアさんは悪びれもせず言ってのけた。 「いいだろべつに。ほら、食えよ」 わたしの分も用意するのは、彼女流の礼儀だろうか。 作ってもらった手前、文句を言うわけにも行かず、わたしはテーブルについた。っていうか、これわたしが楽しみ取っておいた上等のお肉でしょう。 半眼でにらんでから、まあいいかと思い直した。このひとの料理の腕は知っている。食材を無駄にすることはない。エリカさんじゃあるまいし。 「おまえいま失礼なこと思っただろう」 「いえべつに」 エリカさんと比べるのはたしかに失礼だった。こころの中で謝っておく。エリカさんに対しては失礼じゃないのかといわれたら、ちょっと迷っていいえと答えるしかない。だってエリカさんだし。 おたがい無言で遅い朝食をたいらげ、食器を片付ける。これはわたしの仕事。ご飯を作ってもらったんだから、これくらいは当然だ。 「今日は出かけないんですか、ロベリアさん」 「あ? あぁ…日が沈んだら出てくよ。おまえは? って、昼まで寝てるんだから、予定なんかないか。…あいかわらず色気のねぇ女だな」 「すみませんね」 鼻で笑うロベリアさんを一言でかわして、昨夜置きっぱなしだったかばんから書類を出した。 ロベリアさんが片眉をあげたので、簡潔に教える。 「担当の機体の報告書です」 「ふぅん…」 霊子甲冑は繊細だ。技術者の腕しだいでは、同じ機体でまったく性能が変わってくる。ほとんど生物のようなものだ。 だから、担当となる整備士は一度機体が決まるとめったなことでは変わらない。巴里華撃団の整備班は帝都に比べてかなり多いが、それぞれ決まった機体を整備する。まあ、班長さんだけはすべての機体を見ているけど、あのひとは例外だろう。 「…なんですか」 報告書に取り掛かろうとしたわたしの背中に、ロベリアさんがのしかかってきた。手元の書類を覗き込んでいる。 「べつにいいだろ? あんたはあたしの担当なんだから。自分の機体がどうなってるのか、気になって当然じゃないか」 「…書き上がったら報告しますよ」 「なんだ、あたしには見せられないってのか?」 「そういうわけじゃありませんけど…いえ、もういいです。だったらそっちに座ってください。気が散ります」 「ふん」 ロベリアさんは不機嫌そうに目をすがめると、でも黙って背中から離れてくれた。そしてわたしが指した椅子に座るのかと思ったら、ベッドのほうへ行ってしまう。 わたしはそれ以上彼女に構うこともなく、あらためて報告書に向かった。 |