子どもが泣いていた。幼い声が闇を裂くように、泣き叫んでいた。
 はそれを、ただ静かに聴いていた。
 ひどい、と、子どもが言った。ひどい、ひどい、おまえはひどい。
 そうだね、と、が答えた。そうだね、私は、あまりにもひどい。
 返してと子どもが言った。できないとが答えた。
 なぜと問う子どもに、は黙ってほほえんだ。

「ごめんね」

 の手が、子どもの首に絡みつき―――ごきりと、不気味な音を立てた。




の守り手

Act.08  見つめる「色」はただひとつ


 飛び交うかもめを甲板から見上げながら、はちいさくため息をついた。
 じっと、両手を見下ろす。夢だったのだろうか。そう思って、否定する。あれは夢ではない。たとえ夢だったとしても、夢で終わらせてはいけない。
 こびりつくこの感触を、は忘れないでおこうとこころに誓った。
 自分はエゴの固まりだなぁ、とあらためて実感していると、背後に気配がした。細い腕が力強く背後から抱きついてきた。

「なーにやってんの、
「たそがれてる」
「あはは」

 上がる笑声は、以前よりいくらかやわらかくなっている気がした。
 は肩越しに、抱きつく少女、カルラを見やる。カルラはから手を離すと、隣に立った。

「なんか遠い目してたけど、どったの」
「……ちょっとね」
「…ふうん」
「…なに?」

 微妙な色をはらんだ相槌に怪訝な顔を向けると、カルラはすこしためらうそぶりを見せたあと、「なんでもない」とことさら明るく言った。

「さーて、これからどんな冒険が待ち構えてるんでしょーね」
「…なんか、行く先々で厄介ごとに巻き込まれそうな予感」
「あー、それはあるかも」

 カルラはくすくすと笑って、でも、と続ける。

「守ってくれんでしょ? あたしの守り手さん?」
「……ハア」

 は憂鬱なため息をひとつ、がっくりとうなだれた。
 はやまったかも、と胸中でつぶやきながら、じつはまんざらでもない自分に心底あきれる。

「お願いだから、自分から問題には突っ込んでいかないでよ?」
「さー、どうしよっかなぁ」
「…まったく」

 いかにもたくらんでます、という顔を一瞥し、は天を仰いだ。
 澄み切った空。この向こうには、がかつて暮らした世界が存在しているのだろうか。
 いつかは必死で探したそれを、はもう探す気はなかった。
 すこし前までの、あきらめと割り切りの境地ではない。ただ、

(ただ、ここに…守りたいものができた)

 振り返ると、疑問符を浮かべた少女がこちらを見ていた。
 奪ったもの、壊したもの、殺したものを、は忘れない。それらがすべて自分のエゴからなしたことであることも。
 守りたいものができた。その想いさえ、エゴの塊であるけれど。

「カルラ」
「ん?」

 それでもは見つめ続けるだろう。たったひとつの、

「行こうか」

 ―――だけの色を。

「…うん!」



back menu next
---------------------------
up data 07/12/27