それは、ひどい、ひどい話だった。 さまざまな事情で魔術師に追われていたわたしたちは、ある建設中のビルの中に身を隠した。 そこに至るまでに、まず、2人の仲間が死んだ。 さらに、そこで突如として爆弾が爆発し、とっさにわたしをかばって、5人が倒れた。 そしてわたしを連れて逃げようとした仲間が3人、炎に飲まれて死に、その次は、倒れてきた鉄柱からわたしを護るため、2人が犠牲に。 そして今、8人の仲間が、待ち構えていた魔術師たちを相手に戦い、共倒れになった。 ひどい、ひどい話だ。 (また、奪った) わたしはまた、だれかを奪い、だれかを殺し、生き延びている。 こんなひどい話はない。 ぼろりと、涙が落ちる。さっきから尽きることを知らないかのように、涙はぼろぼろとこぼれて、炎に焼かれ熱くなったコンクリートにしみては消える。 仲間たちの遺体。その顔は、満足そうに笑っている。それがよけいに悲しい。 なじってくれればいい。責めてくれればいい。呪ってくれれば。 奪い、犠牲にしたのはわたし。それなのに、それをしあわせと本気で思い、力尽きていった彼らが、悲しい。 そして、今。 わたしは飽きることなく、建宮と五和を犠牲にしようとしている。 (わたしはまた、わたしの幸運≠ナだれかを不幸≠ノする…) 炎からわたしをかばいながら、肌を熱に焼かれていく友だちを、わたしはどうすることもできず見ている。 きっとわたしは助かるだろう。 このふたりが死ぬことで。 かみ締めた唇から、血の味が滲んだ。 (神さま、) 神さま、神さま、神さま。 どうしてですか、神さま。 あなたは片手でひとを救い、もう片方で突き落とす。 片手でひとを救えるのなら、もう片方でも救えばいいのに。 神さま、神さま、教えてください。 皆あなたに祈るのに、あなたは皆≠ヘ救わない。 (どうしてですか、神さま!) わたしの命などよりも、このふたりのほうがよほど尊いというのに。 ぶつりと、唇が切れる音がした。 ―――そのとき。 唐突に、炎の向こうに、人影が現れた。 「!! 五和、女教皇さまを」 「は、はいッ」 (やめて、そんなふうにわたしを護らないで) 魔術師の生き残りなら、ふたりは文字通り命を賭して戦うだろう。わたしを護るために。そしてわたしは、逃げ延びる。その繰り返し。 人影がこちらを向いた。近づいてくる。足音が、ひとつ、ひとつ、大きくなる。 五和と建宮の武器を握る手が震えていた。 怖くて苦しくて痛くてつらくて悲しくて、それでも護りたいと。 ふたりの背中が、そう言っていた。 影が、形になって現れる。 それは、 (な、に…?) 青髪の、鎧姿の少女だった。髪は染めた感じはしない、ごく自然な青銀。だからこそ不自然だった。わたしたちの世界で、こんな髪の色の人間はほとんどいない、はず。 ほぼ天草式の人間としか付き合っていないから、わからないけど。 少女――といってもわたしより年上のようだ――は、わたしたちをじっと見つめていた。 赤茶色の瞳がまばたく。その双眸に宿る光に見とれていたわたしは、建宮と五和が息を呑むまで、そのことに気づかなかった。 「!?」 「……?」 ふたりの震えた背中から異常を感じ取り、少女の姿を見直したわたしは、そこでようやくその理由に至る。 腰の両側にぶら下がった細身の剣。問題はそこではなく、そのそばから溢れる、大量の血。 少女は腹部に、見てわかるほど大きな傷を負っていた。 どくどくと流れる血が、少女の足元に滴り落ちる。 彼女はそんなことに構わず、わたしたちのほうへ歩を進めた。足跡が、赤い。 「……」 15、6歳の細身の女の子が、自身の血にまみれている。 一番実戦慣れしているはずの建宮でさえ呆然とするほどの光景。 だから、彼女が手を伸ばし建宮の身体を担ぎ上げる瞬間まで、わたしたちは硬直し続けていた。 「ッ、お、降ろせ! 降ろせ!」 建宮の声でわれに返った。 建宮は少女の肩で米俵のように担がれている。 ばたばたと暴れる建宮をやすやすと持ち上げている少女の怪力ぶりに唖然としている前で、彼女が口を開いた。 「@#%¥>&」=<◎/煤栫−■+)ヾ△」 「!?」 わたしたちはさらに混乱に陥った。 言葉がわからない。 英語とかそのへんなら、意味は通じなくてもなんとなくどこの国の言語かはわかるはずなのに。 彼女の操る言葉は、どうやっても聞き取れるものではない。 固まっているわたしたちを無視して、少女は今度は五和に手を伸ばした。 五和が肩を震わせる。それを見て、少女は、―――笑った。 血を流しすぎて青を通り越して白くなった顔で、それでも、わたしたちを安心させる意図をはっきりと表して。 笑った。 「あー、+>&#%。/煤浴S◇=▼◎」 音はわかる。でもやっぱり言葉の意味はわからない。 記号だらけのセリフを述べて、彼女は五和を抱えあげた。 助けて、くれるのだろうか。 五和と、建宮を。 この炎から。この理不尽から。わたしの幸運≠ゥら。 助けて、くれるのか。 「―――…」 わたしの想いに返事をするように、彼女は頷き、力の抜けた笑みをわたしに向けた。 「@#%¥」 助けるよ。そう言っているように、わたしには思えた。 さらに続けてなにかを言ったけど、やっぱりわたしにはわからなくて。それでも。 最後の希望。くもの糸にすがる罪人のように、わたしは彼女の首に自分の手を回した。 陸上の棒高跳びのように、背中からぶつかり窓を割るという豪快な脱出劇を繰り広げた少女は、地面に着地したあと、わたしたちを降ろしてくれた。 着地の瞬間、耳障りな音がした。鉄の足甲に隠された彼女の足を想像すれば、彼女が立っていられることがよほどすごいことだと思う。 それなのに、少女はわたしたちを見やると、おもむろに膝をつき、建宮に手をかざした。 「ッ!」 建宮が警戒心をあらわに、彼女をにらみつける。 でも手にした武器を構えないのは、彼女が敵か味方か判断をつけかねているからだろう。 少女は建宮の敵意に構わず、なにごとかをつぶやいた。すると。 「なっ…」 建宮の身体にあったやけどや裂傷が、瞬く間に消えていった。 なにが、起こったの? 魔術にしても奇妙すぎる。困惑するわたしの前で、今度は五和に同じことをした少女は、ふたたび立ち上がった。 重心を片足にゆだねているところから見て、やっぱり折れているみたいだ。 とにかく仲間を呼ばないと。 そう思っていると、突然、少女が腰の二振りの剣に手をかけた。 「「!!」」 建宮と五和が、一拍の間を置いてわたしの前に出る。 わたしがそれを止めようと口を開いたとき、少女の剣が閃いた。 ―――上空から落ちてくる、コンクリートの瓦礫めがけて。 ズガン。まず、一撃。砕かれたそれはまだ脅威だ。そう判断したのだろう少女はもう一撃を加える。 瓦礫はつぶて大になってわたしたちに降り注いだ。 しかしそれを、彼女が器用に両手の剣ではじいていく。 自分自身に降ってきた石には一切構わずに。 (…どうして) どうして、そこまで。わたしたちを助けようとするのか。 会ったばかりだ。見たところ異国の人間だし、天草式に所縁のある者とはとうてい思えない。 にも関わらず。 彼女は自分の怪我を押して、わたしたちを救い、護った。 いったい、なぜ。 混乱のきわみにあったわたしは、ゆらりと少女の身体が傾いだことに、一瞬気づかなかった。 「!!」 とっさに手を伸ばしたけど、少女には届かず。その細い身体は地面に後ろから落ちていった。 「大丈夫ですか!?」 「! 女教皇さま!」 制止する建宮の声を振り切り、駆け寄る。 息が荒い。しかもどんどん小さく、細くなっていく。当たり前だ。ここまで重傷の上に、あんなところから飛び降りて、瓦礫を砕いて、わたしたちをかばって。 わたしを、かばって。 泣きそうになった。どうして、どうして、どうしてこんなに。 そんなわたしを慰めるように、少女は笑みを浮かべた。 悲しいくらい、やさしい笑顔だった。 |