あー…痛い。全身が痛い。節々とかところどころとかじゃなく、もう頭からつま先まで余すところなく痛い。っていうか痛くないところを探したほうが早いくらい痛い。
 竜王あいつほんと容赦なくやりやがって。こっちのこと本気で殺そうとしてくれちゃってあのヤロウ。
 しかたないから殺し返したらなんか突然光りだしてよくわからない場所に来てるし。なんなのこれ。
 わたしはただの料理人だったはずなのに、料理の修業で大陸中を回ってたらなぜか聖杯とか追う羽目になって。
 んで、成り行きのまま行動してたらなんかあちこちで勇者やら裏切り者やら言われる始末。
 トンガリ宰相は怖い目で見てくるし。腹出しシスコンはうっとうしいし。獅子帝はなに考えてるかわからんし。
 しょっぱい。しょっぱいよわたしの人生…!

(ああ、平和がほしい)

 わたしはただ料理人として生きたいだけなのに。
 それでも運命は、いつも勝手気ままにわたしを翻弄するのだ。
 炎の中で目覚めたわたしは半泣きになりながら、呆然と見上げてくる子どもを拾い上げた。



無限のソウルですが、世界に来てしまいました。
〜なんだかんだで助けちゃうのがきみのいいところだよね、とかつて仲間にステキ笑顔で言われたのですが、ばかにされてるとしか思えなかった。〜



 黒髪のツンツン頭の少年は、わたしに担がれて一瞬、ひるんだような沈黙を落とした。

「ッ、@、@*#! @*#!!」
「うんごめんなに言ってるかさっぱわかんね」
「!?」

 肩から米俵のようにして背中に頭が来る形なので顔は見えないけど、たぶん言葉が通じないことがわかったんだと思う。
 戸惑ったように押し黙った少年を尻目に、今度は肩くらいの長さの髪の、少年よりいくらか下のような少女に手を伸ばす。
 少女がぎくりと肩を震わせた。

「あー、だいじょぶだいじょぶ。なにもしないから」

 まあ全身血まみれの女に言われても説得力ないだろうけどね。
 内心で思いながら少女を抱き上げる。んで、残るはあとひとり。
 長い黒髪の少女は、やはり困惑気味にわたしを見上げていた。
 彼女だけは、無傷だった。抱えている残りふたりは、あちこちに裂傷ややけどを負っているけど、この子だけは見た目には無事のようだ。
 周りを取り囲んでいるほかの遺体が、この少女を守るように倒れていることから見て、おそらくこの少年少女を含め、ここにいる全員が、彼女を護ろうとしたのだろう。
 黒髪の少女は、目を真っ赤にして、ぼろぼろと泣いていた。
 しゃくりあげながら、わたしを見つめる瞳は、どこか不安げで、一方ですがるようなものだった。
 助けてくれるの、と、その目が問いかけていた。
 わたしは頷く。

「助けるよ」

 笑って言う。

「そしてできればその後のわたしを助けてほしい。たぶんここで力使い果たして倒れるから。切実に頼む」

 そこ、かっこ悪いって言うな。
 だって竜王との死闘で本気で死にそうなんだもの。
 あいつにえぐられた腹からいまだに血が流れてるんですがどうしたらいいですか。なんか痛みも感じないんですけどこれちょっとやばくね?
 わたしはわたしの言葉がわからず疑問符を飛ばしまくっている黒髪少女の前にかがみ、掴まれ、と目で合図をする。
 最初は小首をかしげていた少女も、伝われ伝われ頼むから伝わってくださいというわたしの祈りがようやく通じて、若干こわばった手でわたしの首に抱きついてきた。
 わたしはともすれば倒れこみそうになる身体をなんとか立て直し、3人の子どもを抱えてくるりと足の向きを変えた。
 ―――窓のほうへ。

「&、&(¥!?」

 なんとなく少年の驚きが伝わってきた。
 うんまあたぶんきみの思ってるとおりだよ、と心の中で肯定しつつ、わたしは床を蹴った。
 がっしゃーん。
 小気味いい音とともに、わたしの身体は空中へ投げ出されていた。
 無事に着地できるといいナ☆



 結論から言うと着地には成功した。
 だけど足がとても痛い。ぼきっと音がしたからちょっとどころでなくだめな感じだ。痛いところが増えた。あ、でも、最初から痛かったから変わんないかな。
 とりあえず抱えていた3人を地面に降ろす。
 ってかここほんとどこだ? ぜんぜん見知らぬ土地なのですが。
 まあいいか。それはまたあとだ。
 わたしは片膝をついて、まずは少年のほうへ手をかざす。警戒の色を浮かべる少年にへらりと笑いかけてから、回復魔法をかけるべく詠唱した。
 傷の具合から見てサブキュアが妥当かな。
 ほどなくして傷が完治する。驚いている少年を横目に、今度は肩ほどまでの髪の少女へ、同じようにサブキュアをかけた。

「さて、これでもうだいじょう―――」

 ふいに、小さく軋む音が耳に届いた。
 無言で腰の両側にぶらさがる片手剣に手をかける。
 3人は硬直した。次の瞬間、長髪の少女をかばうべくふたりの子どもがわたしの前に立ちはだかる。
 わたしはそれに構わず、剣を鞘から滑らせ、まず右手のそれを大きく振るう。
 ロングショットという攻撃用の技能を駆使し、―――遥か上空から降り注ぐ、石の壁を打ち砕くために。

――ズガン!

 一撃では壊しきれないほど大きな瓦礫だった。
 わたしはさらに左手の剣を振るい、今度はゲイルラッシュを繰り出す。すると瓦礫はつぶてほどの大きさに変わった。
 降ってくるつぶてが子どもたちに当たらないように、適当に剣ではじく。
 あいて。頭に当たった。
 つぶてがすべて地面に落ちて、周りに危険がないことを確かめたわたしは、ようやく―――安心して、倒れることができた。

「!! ◎*{\=!?」

 真っ先に駆け寄ってきたのは、長い黒髪の少女だった。
 次に、肩くらいまでの髪の少女が寄ってくる。
 少年は戸惑ったような、心配そうな、不安げな、複雑な目でわたしを見下ろしていた。
 あーやれやれ。全身が訴えていた痛みがさっきから感じられない。いや参った参った。これ本気でわたし死ぬべな。

(あーあ。ほんとなんでこんなことになったんだか)

 わたしはただ料理がしたくて、大陸中を回って料理のレシピを調べて回って。
 その途中で聖杯うんぬんに巻き込まれて。頼まれたからついでに探してたらいつのまにかそれがメインになっちゃってて。
 たくさん仲間ができて、たくさん敵ができて、たくさん大事なものができて。
 そしたら、いつのまにか英雄だの勇者だの言われるようになって、一方で、裏切り者だの反逆者だの言われていた。
 笑っちゃうよね。
 助けられるから助けてきた。護れるから護ってきた。
 わたしがしたことなんて、それだけ。だれでもできる、たったそれだけのこと。
 それが英雄だの反逆者だのがする行いだと思われている世界なんて、ろくなもんじゃない。
 当たり前のことが当たり前にできない世界なんて―――料理のひとつも満足にできない世界なんて、いらない。
 だから、戦った。

(わたしが戦う理由なんて、たったそれっぽっちだったのに)

 それがなんだってこんなところで死にかけてるんだか。
 ほんと、どこもかしこもしょっぱいばかりの人生だ。
 塩が効きすぎて辛くてしょうがないよ。
 まったく。
 まあでも。

(そんな料理も、たまにはいいかな)

 ひとつくらい、あってもいい。
 今はそう思えるから。
 ここで終わっても、文句は言わない。
 とりあえず、子どもは助けられたし、言うことないよね。

(満足かー? 竜王。今そっちに行くから、そしたらまた殺しあおうぜ)

 おまえのその固い頭にバーニンレイヴぶち込んで、デュアルスペルでスパークをお見舞いしてやる。

(そんでもって、一緒に生まれ変わってみようじゃん)

 そうしたら、料理のひとつも振舞って、あんたにうまいと言わせてみせるから。
 たぶんわたしは、笑っていたと思う。
 視界が闇に閉ざされる、その最期の瞬間まで。



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up data 08/10/22