いとしき貴女へ 「一応気を遣ってるんです」



「げ、蓉子」
「なにがげ=Aよ。早くさんから離れなさい」
 そうだそうだー。
「なんで? 帰ったんじゃないの?」
「用事があるから残っていたのよ。あなたこそ、どうしてまだいるの?」
「私だって用事があるから」
「用事って?」
 聖さんが私を見る。
さんにチョコをもらうって用事」
 ちょっ…それじゃあ私がチョコあげる約束でもしてたみたいじゃない。

 慌てて振り向くと、蓉子さんは呆れた顔で聖さんを見ていた。
「まったく…そんな態度だから、本気にしてもらえないんじゃないの?」
「え? 本気にしてもらってもいいの?」
「……」
 二人のやり取りに、私は首をかしげた。
 なんか、会話が微妙に理解できない。
 蓉子さんは沈黙し、聖さんはにやにやとそんな蓉子さんを眺めている。
 私は二人を交互に見比べ、ふと、蓉子さんが後ろ手に持っているものに目を留めた。

「蓉子さん? それ、なに?」
「ッ―――、あ、これは…!」
 途端に、蓉子さんが焦ったように顔を赤くする。
 隣に立っていた聖さんが、面白がるように目を細めた。
「へぇーえ、なるほどね」
 聖さんの視線を受けて、蓉子さんが顔を背ける。
 聖さんはひとしきりにやついたあと、ぽん、と手を打った。
「あ、私用事思い出したー」
「へ?」
 な、なに聖さん、突然そんなわざとらしく。

「そういうことだから、私もう行くね」
「はあ? ちょ、聖さん?」
「まあがんばってね、よーこ!」
 肩を叩かれた蓉子さんは、ますます顔を赤くして、俯いた。
 聖さんは喉の奥で笑うと、私を横目で見やり、片目をつぶった。
 …聖さん、ウィンクはちょっと古いよ…。
 われながらずれたツッコミを(心の中で)呟きながら、立ち去る聖さんの背中を見つめていた。

「…えっ、と…」
 結局、どういうこと?

 私はわけがわからなくなって、蓉子さんを見た。




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up data 05/2/13