いちばん最初に感じたのは、まぶしさだった。それから、背中のやわらかさ。土のにおいがして、ルークは自分がどこかに寝転んでいるのだと気づいた。 まぶたを閉じていてもわかるほど強い光りに目を開けられないでいると、それをわかったかのように光りは徐々にやわらいでいき、最後には木漏れ日のようなやさしさになった。 遠くか近くかわからないところで、波のような音が聞こえる。やわらかいそれは不規則に耳朶を撫でて、ルークはようやくそれが波音でないことを知った。 風、だった。風が木々の枝を揺らす音。それが、波音のように聞こえていたのだ。 ルークはぼんやりと、降りそそぐ光りと木々の緑をながめていた。 ふいに強く吹いた風が枝を揺らし、ルークの顔に強い陽光をこぼす。ルークはまばゆさに目を細めた。 一瞬のまばたき。突如として落とされた影に驚いて、ルークは翠の瞳をいっぱいに見開いた。 くちびるが、驚愕にふるえながら影の名をつぶやく。 「イ…オン?」 影は、ほほえんだ。緑色の髪を風に遊ばせながら。 イオン。導師と呼ばれながら、たった2年でその生涯を閉じた、ルークの友だち。大好きだと、最初から最後までルークに繰り返し言ってくれた、大切な。 「イオン…イオン?」 起き上がろうとしたが、身体が動かない。もどかしさにイラつきながら、やっとのことで動いた左腕をかの少年へと向けた。 イオンはその手に応えるようにほほえんで、ルークの頭のすぐ上にひざをつく。逆さまのまま見つめあう、2人の子ども。 ルークは泣きそうになりながら笑い返した。 変わらない、彼の微笑。傲慢で文句ばかり言っていたころから、自分のことを大好きだ、大切だ、やさしい、やさしいと言ってくれた、あの。 「イオン、おれ、」 おれさ、―――のどが詰まって、言葉が続かない。なにか話したいのに、伝えたいのに、自分のけしていいとは言えない頭はうまいことを思いつけず、それでもルークは拙く言葉を続けた。 「おれ、おれさ、がんばったよ。がんばって師匠を倒したんだ」 それからローレライも解放した。みんな生きてる。アニスも元気だ。そうだジェイドはおれのこと友だちだって言ってくれたんだ。うれしかったな。ガイはおれが瘴気を中和するって言ったら一緒に逃げようなんて言ったんだぜ。ナタリアはやっぱり強いやつだった。アッシュは、死んじまった。それからティアは、 「ティアは…おれに……」 帰ってこいって…。語尾が滲んで、それ以上は言えなかった。 約束をした。あの愛しい少女と。けして叶えることのできない約束を。 そっとイオンの手が伸びて、ルークの髪を撫でた。額を、頬を同じようにやさしく。その指先は冷たくて、ルークはそんなところも変わってないんだなとちいさく笑った。 むかし、何度か一緒に眠ったことがある。ほとんどなにかしてほしいなんて言わなかったイオンが、ルークと一緒に眠りたいと言い出したときはほんとうに驚いた。 彼は知っていたのだろう。自分が、悪夢にうなされていることを。 だけどそのときのルークはイオンのそんな気遣いなんてわからずに、なんて恥ずかしいことを言い出すんだこいつは、なんて思ってしまったけれど、結局押し切られるようにして一緒に眠った。 手をつないでもいいですか、ルーク。ちょっとだけ恥ずかしそうに言ったイオンを無碍にすることもできずに頷いた。つないだ手はあたたかくて、でも指先は冷たくて、ついでにくっつけた足もおんなじで、おまえ大丈夫かよこんなんで、と訊いたら、ルークがあたたかいので平気ですと返されてしまった。 それからだ。ルークはイオンが望むときは素直に彼と一緒に眠った。そういう日はたいてい、悪夢はちょっとだけやさしかった。 イオンがそのために一緒に寝ようと言い出したのだと気づいたときには、ありがとうと言うこともできなくなっていた。 「イオン、おれさ、おまえにいっぱい助けられてたんだな」 イオンの背に降る木漏れ日と同じようにやさしい彼自身の微笑を見つめながら、ルークはせいいっぱい笑った。 彼と同じとはいかなくても、せめて届くように、やさしく。 「おまえにたくさん、たくさん気遣われて、やさしくされて、大好きだって言われて、でもおれぜんぜん気づかなくて…ごめんな、イオン。―――ありがとう」 イオンのほほえみが、いっそううれしげになった気がして、ルークもうれしくなって笑った。 ふと視界が遮られる。イオンがルークの目をふさいだのだ。 「イオン?」 ふしぎに思って呼びかけるけれど、イオンはなにも答えなかった。 イオン。もう一度呼ぶ。それでもイオンの答えはない。不安になった。もしかして、イオンはまた消えるのではないか。 「イオン、イオン、」 どうしたんだ、イオン。お願いだから手をどけて。かろうじて動いていたはずの左腕はぴくりともしない。 風の音がやんでいた。やわらかな木漏れ日と土の感触が消えていた。イオンの気配も、ない。 ルークは戦慄した。 いやだイオン、まだおまえに伝えたいことがあるんだ、たくさんたくさん言いたいことが、話したいことが残ってる、いかないでイオン消えないでおれはもう1人になりたくないだっておまえがいなくなったらおれはもうほんとうに、 ――ルーク。 恐怖から感情のままに叫んでいたルークの耳に、彼のなつかしい声が聞こえた。 ――ルーク、大丈夫ですよ。 そう言う彼のそれはさっき見た微笑と同じようにそのままで、ルークはとうとう涙を流した。 ――さあ、行って。 「イオン…?」 ――約束、したのでしょう? 「…したよ。したけど、でもそれは、」 ――笑ってください、ルーク。 「イオ、ン?」 ――僕は、あなたの笑った顔が、好きなんです。だから、行ってください。 「なら…それなら、おまえも一緒に、」 ほほえむ気配がした。 ――ルーク、 声が揺らぎ、気配も薄れる。ルークは必死で手を伸ばした。けれどどこにも彼の温度はない。 ――どうか、 イオン。叫び、もがく。それでも気配を捕まえることはできずに、ルークは自分が強くどこかへ引き寄せられるのを感じた。 ――どうか、しあわせになって… その声に重なって、あの歌が、聴こえた。 |