世界なんていうどうしようもない存在にいままさに大切なものが奪われようとしている。 考えてみればオレは一度、世界に家族を殺されていたんだ。 預言という世界の言葉そのものに。 ほんとうに復讐すべき相手は世界だったんじゃないかといまさら思ってももう遅い。 だってあの子どもは、もう世界を愛してしまったから。 夜の帳が下りる。瘴気に覆われたあの向こうにはいまも星がまたたいているのだろうか。 そんなことを考えながら、オレは隣で眠る主の気配を感じていた。 また、うなされている。 どんな夢を見ているのだろう。いままで殺してきた盗賊や神託の盾兵士のことか、それともアクゼリュスのことか。 なんにせよ、最後の最後まで心休まることがないなんて、あまりに悲しすぎる。 そこまで考えて、最後だなんて思いたくもないと舌打ちした。 (ルーク) 起こすことはできなかった。起きたところで、またべつの苦しみを感じなければいけないのだから。 この子どもが、世界のために死ねと言われて、泣くこともせずにうなずいたのはほんの数時間前。 だれもがルークを引き止めたかった。ルークが死ぬしかない、そう告げたジェイドでさえきっとこころの中ではそうだろうと確信している。 アニスは目を真っ赤にして、陛下たちに返答するルークを見ていた。 ナタリアも、ティアも、つらそうにその言葉を聞いていた。 ジェイドは無表情だった。感情を殺そうとしていたのだと思う。 オレは、どうだっただろう。オレはどんな顔をしていたのか。 もしかしたら、ひどく冷たい表情だったかもしれない。ちょうど、あの邸に入り込んだころのような。 ルークが死ぬしかないと聞いたとき、自分のこころが凍てつくのがわかった。 重たい影が背中に圧し掛かった。あの感触をオレはよく知っている。長年慣れ親しんだものだ。 ―――憎悪。そう呼んで、飼いならしてきた。 もう捨て去ったはずなのに、べつの形でまた忍び寄ってきた。そして、今度はきっと捨てられない。 だってそうだろう。それを捨てさせた張本人が、いなくなるのだから。 「ルーク」 今度は声に出して、呼んでみた。 それでもうなされ続けるので、頭を撫でてやる。すこしだけ、表情がやわらいだ。 …そうか、こうしてやれば、よかったんだな。 気づいたっていまさらだ。 明日の朝にはおまえはオレたちと一緒にあの塔へ行って、そしてそこで瘴気を消すのだろう。その命と引き換えに。 おまえは晴れて英雄となり、世界じゅうがおまえを賛美する。 ありがとう、ありがとう、死んでくれて、 (ありがとう=Aって?) そんな連中をオレはこれから見つめ続けなければいけないんだ。 おまえが守った世界を、ひとびとを、オレはおまえとおなじように愛せるだろうか。 ―――無理、だ。 無理だよ、ルーク。オレはおまえを奪った世界を愛せない。きっと憎む。おまえを殺して生きるものすべてを憎悪する。オレはオレ自身さえ憎しみの対象にするだろう。だってオレは、 (おまえが大事なんだ) ルークが寝返りを打って、オレのほうを向いた。朱色の髪が指をすべる。その頬を撫でて、手を離した。 瘴気に満ちた外を睨みつけ、オレは胸中で吐き捨てた。
世界なんて滅んでしまえ!
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