終わりは案外あっけなく来るものだ。 自分のことなのに、なぜか他人事みたいに思った。 遠のく空。身体から力が抜ける。腹部の鈍痛。死を告げる、手のひらの赤。 純白の魔法使いが、目を見開いてこちらへ手を伸ばす。 掠めた指先。その感触が、彼女の顔を絶望に染め上げた。 『―――あなたが、・さんですか?』 初めて聞いた彼女の声を思い出していた。 「…そうですが」 そのときの私は、おそらくこれ以上ないほど怪訝な顔をしていたと思う。 それくらい、彼女が自分に声をかけてくるなんて、考えられない出来事だった。 高町なのは。管理局の有名人。エース・オブ・エースで知られる彼女は、けれどそんな私に気を悪くした様子もなく、人好きのする顔で笑った。 「こんにちは。私は戦技教導隊所属、高町なのは一等空尉です」 「(言われなくても知ってますよ)…陸上部隊第三小隊所属、・陸曹です」 「うん、知ってます」 「(だからなんで)」 「なんで、って顔してるね」 にこにこ、無邪気な笑顔をそのままに、管理局のエースは言った。 「あなたをスカウトしに来たの」 その言葉は私にとって、犬がしゃべるのを目の当たりにしたような衝撃だった。 「鳩が豆鉄砲食らったような顔」 「…は?」 「…って、言うんだよ。わたしの故郷ではね」 いつだったか、初めて会った日のことが話題に出たとき、なのは隊長はそう言って笑った。 関係ないけど、彼女はよく笑うひとだ。 厳しい教導で有名で、個人的な付き合いをしていないひとたちからは驚かれるけど。 高町なのはという女性は、本来とてもやさしくて愛情深く、笑った顔が魅力的なひとだ。 そのギャップにやられる者も少なくなく。 …私も、じつはその口だった。 「…なんですか、それ」 「ものすごく驚いた顔してた、ってこと。あのときは気づかなかったけど、あれってすごく珍しい顔だったんだよね」 ってあんまり気持ちを顔に出さないから。―――なのは隊長はなぜか不満そうな顔でそう言った。 「…そりゃまあ、驚きもしますよ」 「なんで?」 「なんでって…。陸上部隊の第三小隊って言ったら、落ちこぼれの集まりで有名ですよ。そこの隊員に、エース・オブ・エース御自らがスカウトに来られるとは、だれも思わなかったでしょう」 事実、同僚たちはみんなその話を聞いて大騒ぎだった。 連中はやれ酒だ、やれ祝杯だと言い、あがった給料分で奢れなどとのたまい、それはもう迷惑極まりない反応をしてくれた。 嫉妬や羨望とは無縁なだけが唯一の救いだった。 もっとも、そんな連中だから落ちこぼれ小隊なんぞに追いやられたのだが。 閑話休題。 ともかくそんな事情で、わざと大仰に言った私に、なのは隊長は一瞬本気で嫌そうに顔をしかめた。 思っていることが案外顔に出やすいひとである。 エースだのなんだのと持ち上げられたり妬まれたり憧れられたり崇拝されたりと忙しいひとだが、実際にはあまりそのことをよく思っていないらしい。 なんでも、「みんなわたしを特別視しすぎる」とのことだ。 9歳にして自在に空戦をおこなっていた辺り、どう考えても特別以外のなんでもないが。 「…ずっと気になってたんですが」 「ん?」 「どうして私をスカウトに?」 陸上部隊の魔導士はそもそも、海と比べて低レベルな魔導士がほとんどだ。有能な魔導士はわざわざ過酷な陸上部隊には行かない。 そんなところから引き抜きをしようなどと思うとは、よほどの変わり者だ。 私の疑問に、なのは隊長は笑って答えた。 「きれいだと思ったの」 「え?」 「さ、一度だけ、模擬戦で空を飛んだでしょ?」 「……」 飛んだというより、あれは跳んだ、だ。 たしかに、空を翔る能力のない私は、空戦魔導士相手の模擬戦で(わざわざ陸士相手に空戦を仕掛けるその魔導士は根性が捻じ曲がっていると今でも思う)、そんな魔法を使ったことがある。 あの一戦はあまり知られていない。 非公式だし、動機が動機だし(その空戦魔導士があまりにもアレだったのでちょっと挑発したらなんかそんな事態になっていた)、結果が敗北だった相手にとっても広めたくない事柄だったし、さらに言えば私にとってもどうでもいい一戦だったので、気にも留めていなかったが。 「…あれを見たんですか」 「うん、偶然ね。空を駆けて、相手の魔導士の魔法弾を避けるが、すごく鮮やかできれいだと思ったから。…それが理由」 どうでもいいが、頬を染めながら言うのはやめてほしい。 こっちが照れてしまう。 私はなのは隊長から目を逸らして、適当に相槌をしてその話を打ち切った。 ああ、まったく、なにを言ってるんだこのひとは。 (それはこっちのセリフだ、って、思ったんだよな、たしか) 空を翔る彼女の姿は、まるで鳥のように自由で。それがとても、美しく見えた。 風を切る高い音を聞きながら、私は悠長に考えていた。 急速に遠くなっていく空を見つめながら、おそらくそれと比例して近くなっている地面を想像する。 魔法を展開しようにも、デバイスが粉々に砕けてしまっている現状ではどうにもならない。 これで私もおしまいかー、などと考えながら、追いかけてくる白い魔導士を見やる。 われらが隊長は、あまりにもやさしすぎる。 仲間も、一般人も、敵でさえ、彼女は等しく守ろうとする。 例のお話聞いて″U撃を見たときは、さすがに正気を疑った。 彼女は強くて、強すぎて、だからそんな、普通なら考えられないようなことを実行してしまう。 なまじそれが実現できるから、余計にたちが悪い。 本来なら、なくていい苦労や痛みを背負うことになってしまうのだから。 まったく、本当にどうしようもない。 (だから私は、決めたんだ) そんなどうしようもないひとのために、私ができること。 考えて、考えて、考え抜いて、出した結論。 そのために、今までずっと駆けてきた。 この広い、あまりにも広すぎる空を、ずっと。 空を翔る彼女を、空を駆けて追う。 いつか追いつけると信じて。 「―――! ―――!!」 なにかを、たぶん私の名前を叫びながら、追いかけてくる隊長は、一向に追いつく気配を見せない。それどころか、遠のいてさえいる。 それでもあきらめず手を伸ばしてくる彼女が、愛しかった。 ―――そうだ、私は、愛しかった。 高町なのはが、愛しかった。 だから、守ろうと思った。そのやさしい手が傷つかないように。気高い信念が折れないように。 深くきれいな双眸が、絶望を見ないように。 そのために私は、 (隣に並んで駆けようと、) だけどその誓いは、守られないまま。 「―――音声記録」 ザザ、とノイズが聞こえて、記録が開始される。 私は通信機に向かって、最後の言葉を紡いだ。
隣に並んでいたかった
「………」 「………」 「……ごめん。ごめんなさい。もうしません絶対しませんだからその音声を止めてください!」 「えー、まだ聞いてたいなぁ。の熱烈告白」 「なんの拷問ですかこれ!?」 「これ通信班も聞いてたんだよね」 「(し に た い …!!)」 |