とにかく初対面からあの男とはそりが合わなかった。 あのふざけた面とふざけた態度、そのくせ抜け目がない、まったくたちが悪い。 まあ、それだけなら私もここまで嫌ったりはしなかったわ。 第一私は、よほどのことでもない限りひとを嫌ったりはしない。その分好きになることもほとんどないけれど。 でも、あの男だけは許せなかった。 言動も性格もむしろ存在そのものが許せないけど、そのなかでもなにがいちばん許せないって、ラチェット・アルタイルに手を出そうとすることよ。 ラチェットのほうはいまのところその気はないようだけど、油断はできない。 ラチェットは、ああ見えて押しに弱い。まあ私もそこにつけこんだわけだけど。 ふだんは隙がないんだけど、ちょっと気を許した相手にはわりと天然だし、なにより恋愛ごとには不慣れで…あ、わかる? そうよね、あなたのほうが付き合い長いんだものね。 だからいつあの男に言いくるめられるかわかったものじゃない。 信じろって? もちろんそれはわかってる。だけどね、ラチェット自身は信じられてもあの男は信じられない。 あれは私と同類よ。目的のためなら手段を選ばない。卑怯だろうが姑息だろうが必要とあらば悪事すれすれの手段も取る。 …堂々と言うなって? これが私なんだからいいじゃない。 しかもあいつ、ただラチェットに惚れているだけならまだしも、私の反応をおもしろがっている節があるのよ。 それでことさらラチェットにちょっかいを出しているんだから、腹が立つ。 だからかしら。2人きりになるとつい言い争いになるのよね。 このあいだいつものように舌戦を繰り広げていたらラチェットに叱られて、その上あいつ、私に全責任押しつけて逃げたのよ。 あとであの男のコーヒーに思い切り塩をぶちこんでおいたわ。そしたらつぎの日、電話が接着剤で固定されていたのよ。今度は雑巾のしぼり汁でも入れようかしら。 蒸気テレビで見たのよね、そういう嫌がらせを上司にするOLの話。 とにかくね、私がなにを言いたいのかって言うと、 「ほんっとうにあの男は私を怒らせる天才よね」 「…昴は言った。もサニーサイドも低レベルだ、と」 仕事に関しては優秀なんだがな、とひとりごちて、鉄扇を片手にあきれたような息をつく昴の前で、はうつむいて肩を震わせている。 もちろん泣いているのではない、これは怒りだ。その証拠に背負った空気が暗黒の色に染まっている。 リトルリップシアター屋上にあるサロンに、向かい合って座っている2人は、おもに片方のせいで妙な空気をかもしだしていた。 いうなれば、地獄の底から這い出てくるような、冷気。 「低レベルなのはあの男のせいでしょう。毎度毎度、くっだらない真似をしてくれるわ…」 「……(毎度毎度、それに付き合うきみもきみだが)」 「なにか言った?」 「いや、なにも」 はようやく落ち着いたのか、ふうと嘆息すると、長い黒髪をかきあげて不敵に笑った。 席から立ち上がり、支配人室を振り返り見る。 「まあ、いいわ。あの男、今日という今日は徹底的に叩き潰してやる」 「(無理だろうな、ぜったい)」 美人なので様になるが、言っていることは物騒でしかも理由はくだらない。 昴は「まあがんばれ」と適当にエールを送っておいた。内心呆れ半分おもしろがりながら。 人の恋路は邪魔するよりも、見ているほうが断然楽しいことに最近気がついた昴である。 「首を洗って待っていなさい、サニーサイド」 は手にした白い封筒を、ぐしゃりと握りつぶした。 その宛名部分には大きく、CHOUSENJOU≠ニ書かれていた。 |