ふとティーカップを持つその手に目が留まった。 白くてなめらかな肌の、わたしとはぜんぜん違う指。 ぼんやり眺めていると、ラチェットのふしぎそうな顔と目が合った。 「…? どうしたの?」 「あー、いや、なんでもないんだけど…」 「?」 ぱちぱちと瞬くしぐさは、仕事中の彼女と比べてだいぶ幼い。 なんていうか、天然でギャップ萌えを体現していると思う。このコンボは卑怯なくらい強い。 わたしは同僚にそんなふうに萌えを見出す自分にツッコミを入れつつ、ラチェットのカップを持っていた指に触れた。 「ラチェットの指って、長いよね」 「…え?」 「なんていうか。細くて、長くて、白くて、きれいな手、しててさ。すっごく触りたくなるなって、思……って……」 「……」 黙りこんだラチェットに、ふいに、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったかを自覚して、思わず目を逸らしてしまった。 うむ。これはとっても羞恥心。 日本語になってないけど察してほしい。 頬に溜まる熱をどうしようもなくて、わたしは咳払いをしてラチェットから手を離した。 「え、えーと」 「……」 「あー、その……こ、紅茶がおいしいなぁ」 「……」 ………。どうしよう。ごまかそうにも会話が成立しない。 ラチェット。ごめん。自分がどれだけ恥ずかしいやつか充分にわかったから、その沈黙はやめてほしい。 へたに黙り込まれるのが逆にイタイ。 もういっそ指差して笑ってくれ。 わたし泣きそうなんですけど。 心の中で祈るけど、そんなものは届くはずもなく、なおも重たい沈黙が続く。 「…ラ、ラチェットさん…?」 いい加減に耐えかねて、おそるおそる目を上げる。 すると。 「………」 赤面している副司令閣下がいらっしゃった。 ……あ、あれ、おかしいナ。なんかすっごいピンクオーラ全開なんですケド。 なにこのシャランラーな雰囲気。わたしなにかしましたかしましたねそうですね。 (泣きたい…ッ) よくわからないけど麗しの上司さまはわたしの言動にいたく照れていらっしゃるようで。そしてわたしの言葉もあまり届いていないようで。とするとわたしはごまかすにも謝るにも手立てがないわけで。 え、もしかして、これ軽くピンチですか? (ってかこんなところ司令にでも見られたら……見られたら……見ら……見られてるぅ!?) 気恥ずかしさに視線をめぐらせていると、ちょうど支配人室の扉の影からこちらをうかがっているグラサン野郎と目が合った。 にやりと笑われる。 え、もしかして、これマジでピンチですか。 「!!」 なんかもっそい寒気を感じて支配人室へ飛び込んでいく司令の背を追おうと立ち上がる。が、しかし。 「」 敬愛する上司の声に足が止まった。 振り返ると、ラチェットがいまだわずかに頬を染めつつも、真剣なまなざしでわたしを見ていた。 あれ、なにこの空気。 「その、あのね。…ずっと、言いたかったことが…あるの」 「…え?」 あれ待ってちょっとこの雰囲気でこの切り出しってなんか意味深じゃないのねえわたしの頭がさっきから変な未来予想図を描いてるんですけどこれは希望的観測いやいやんなわけないそんな超展開いまどきあるわけないじゃないですかねえ? 「私、のことが―――」 続けられた言葉は、わたしの胸の中にだけしまっておくことにする。 |