『―――はい、もしもし?』 「私、メリーさん。いまあなたの家の前にいるの」 『え…じゃないの? メリー…さん? えと、ちょ、ちょっと待っててください』 ほどなくして軽い足音のあと扉が開かれる。出てきたのは金髪美少女。 「お待たせしまし―――あれ?」 「やっほーフェイト」 「え、あ、うん、あれ? メリーさんは?」 「メリーさん? なに寝ぼけてるのフェイト」 「……あれ?」 きょときょとと周りを見回しているフェイト。いまだに私のいたずらだと思い至ってないらしい。 っていうか、知らないひとなのにドア開けたのか。いまどき5歳児だってやらないよそこの中学3年生。 「間違い電話だったのかな……」 「……」 この子キャッチセールスとかに引っかからないかしら。おかーさん心配だよ。 まあそれはさておき。 「いま大丈夫?」 「あ、う、うん。どうぞ」 招かれたのでお邪魔する。 フェイトがそこはかとなく微妙な顔をしているのは気づかないふりでかわす。 め、迷惑がられてなんかないもんっ。 「…あれ? フェイトひとりなの?」 「あ、うん。私たちみんな今日は仕事で…。でも、私だけ早く終わったから帰ってきたんだ」 「…なのはとかはやては?」 「まだ、仕事」 「ふうん……」 私は勧められるままにリビングのソファに腰掛けた。 「はい、お茶でよかったよね」 「お、ありがと」 フェイトは私の隣に座って、自分の分のカップに口をつけた。 うー。冷えた身体にあったかいお茶。最高だね。 「うむ。甘くなくていい感じ」 「うっ…そ、それはもういいってばー」 こっちに越してきたばっかりのフェイトは日本の習慣に慣れてなくて、いろいろと苦労していた。 代表的なのがお茶。っていうかこれはフェイトの保護者に責任があると思う。 なにしろ緑茶に砂糖を大量に入れやがるからな。それを見たフェイトはお茶をそういうものだと理解してしまったようで、私も初めてフェイトのお茶を飲んだときはさすがに噴いた。そして小一時間、お茶のなんたるかを教授した。 しょんぼり正座したフェイト、かわゆかったなぁ。 「…あれ、なんか寒気が」 「ウフ」 若干引いてる気がするけど、気のせいだよネ。 「にしても、大晦日まで仕事かぁ」 「ほんとうはみんなでお祝いしようって話し合ってたんだけど…緊急の任務がそれぞれ入っちゃって」 「就職したらますます大変そうやね。ちゃんと休みも取らないとだめだよ?」 「うん…でも、必要なことだから」 カップに目を落としたフェイトは、真剣な顔で言う。 「世の中には、いつも、こんなはずじゃなかったことが溢れてる。助けが必要なのに、助けを求めることさえできないひとたちが、たくさんいる。小指程度のしあわせだって掴めないで、もがいてるひとたちがいる。…私の仕事は、そんなひとたちを一人でも救うことだから。…だから、休んでなんかいられない」 固く、まっすぐな決意を溢れさせているフェイト。 その横顔を黙って見つめていた私は、おもむろに口を開き、 「わーっ」 「ひゃあ!?」 力いっぱい抱きついた。 「ちょ、あ、危ないよ! こぼれちゃうでしょっ」 フェイトが控えめに怒りながら急いでカップをテーブルに置く。 「フェイトのばーか。ばーかばーかあんぽんたーん。…あんぽんたんってなんだろうね。食べ物?」 「え、知らない」 「まあいいや。とりあえずおしおき。えいっ」 「わわわわわっ」 ヘッドロックをかける。フェイトがあわあわと手足をばたつかせるので、足を絡めて封じた。 ふはははは。普段弟と格闘している私に勝てると思ってるのかーぁあ? な、なんだこの腕力、ってか全身の力が違う。くっやはりプロ、一味違うぜ……っていうか、まじつえぇよこいつ。本気で殴られたら痛いじゃ済まない。 このままでは抵抗の末意識が刈り取られそうなので、そうなる前に寝技に持ち込む。柔道ってすごいよね。 背中から押し倒す感じでソファに押しつけて上からのっかる。 「ぐぇっ」という乙女らしからぬ声を上げたのは丁寧に聞こえないふりをして、なぜか真っ赤になっている耳にささやいてやる。 「フェイトはすぐそうやって思いつめる」 「…え?」 「私がやらないと、私がなんとかしないと、ってさ」 「……だっ、て」 「ねえフェイト。知ってる? フェイトがだれかの笑顔を守りたいって思ってるように、だれかがフェイトに笑ってほしいって思ってるんだよ」 猫のように速い心音が、密着した身体から伝わってくる。 「フェイトはそのひとの気持ちは無視するの? そのひとはフェイトが傷ついたら絶対泣くよ。いや、むしろ怒るね。もっそい怒るから。フェイトの教科書の写真に全部鼻毛描くから。あと辞書の中の卑猥な単語にマーカー引いてやる」 「やめて」 「大事なんだ」 抱きしめる腕によりいっそうの力を込めた。 きれいな形の耳朶に、心の奥まで届くように念じながら、言葉を重ねる。 「すごくすごく大事なんだ」 「…うん」 「大事なんだよ」 「う、ん…」 「忘れるなよ、ばかフェイト」 「…うん…っ」 次の春が着たら、遠い世界へ旅立ってしまう私の友だち。これだけは絶対に忘れないでほしくなくて、だから私は、何度も同じ言葉をささやいた。 フェイトはそのたび、宝石みたいな涙をこぼしてうなずいていた。 ちなみに。 その後帰宅してきたクロノに、泣いているフェイトとその上からのしかかっている私を発見され、私はクロノのアッパーカットをお見舞いされることになった。 ちくしょうあのシスコン。地獄に墜ちろっ。 |