「―――よしっ」 思い立ったが吉日。私は急いで着替えると、「どこいくのー」という母の間延びした声を無視して、家を飛び出した。 そして自転車のペダルを全力でこぎながら、片手で携帯をいじって電話帳から呼び出し。何コール目かで、聞き慣れた級友の声が耳に飛び込んできた。 『はい、もしもし。ちゃん?』 「やっほーなのは! いまからそっちいくからヨロシク」 『ふぇ? え、えぇ!? ちょ、ちょっと待っ―――』 ぶつ。ツーツーツー。 やっぱりね、片手運転はだめだと思うんだ☆ もちろんそれが理由だよ? 決して携帯を見て呆然としているなのはを想像して笑ってるわけじゃないからあしからず。 それから10分ほどして目的地に到着する。 リビングの窓から、カーテン越しに明かりが漏れてくる。 私はちょっと逡巡して、また携帯で電話をかけた。しかし出ない。何コール鳴らしても、なのはが出る様子はない。 あれ、おかしいな、と首をかしげている間に、玄関の扉が開いた。 「ちゃんっ」 「やほー。携帯出てよなのは」 「もーっ。突然すぎるってば」 頬を膨らませて、なのはが家から出てくる。 サンダルをからから言わせてこっちへよってくる姿は、なんていうか、 「も、萌えーっ」 「わっ。え、え?」 急に抱きつかれて目を白黒させているなのは。 私はテンションのままにあわあわしているなのはを堪能すると、手を離した。 「いやぁ、ごめんごめん。なんかちょっときゅんとキちゃって」 「…意味がわからないよ」 がっくりとうなだれる姿も可愛らしいけど、顔が見えないのでやめてほしい。 「なのは」 「なに?」 なのはが顔を上げる。 うむ。かわいい。 「……」 「……、ちゃん?」 「……あ、ごめん。見とれてた」 「なっ、…ちゃん!」 「ぷふ。なのは顔真っ赤」 「も、もぉーっ。すぐそうやってからかう…!」 「からかってないよー。なのはがかわいいんだよー」 「それがからかってるって言うのー!」 「なのは、近所迷惑」 「ぁ…!」 あわてて口を両手でふさぐ。 そんな行動を素のまま取るきみはほんとうにかわいらしい生き物だ。 私がによによしているのをどう取ったのか、なのはが半眼で睨みつけてくる。 うーん、まだからかい足りないけど、やりすぎて嫌われたんじゃ元も子もない。 「ごめんね」 だから謝ることにした。 「え?」 「急に来て。びっくりしたでしょ」 「う、うん」 「迷惑だった?」 「ううん、大丈夫」 なのはは、でも、と言った。なんじゃ? 「どうしたの? 急に来るなんて…なにかあった?」 「んー? むしろなにもないから来たんだけど」 「はあ…?」 「…ああ、でも、あれかな。なんか、寂しくなったのかな」 「寂しく…?」 「だって、なのは。今年でもう卒業でしょ?」 中学校、卒業。めでたいけど、めでたくない。 なのはは中学校を卒業したら、そのまま就職。文字通り違う世界へ行ってしまう。 魔法の才能なんてかけらもない私は、それを見送ることしかできない。 「だから、かな」 「……」 なのはは一瞬なにかを言おうと口を開いて、でもなにも言えないでうつむいた。 それからは、沈黙だった。私もなのはも、どっちもなにも言い出せないで……あ、なんかやばい。 「…ちゃん?」 「ん、ごめん。なんか目から汁が出てきた」 「汁って……」 なのはは笑う寸前みたいな顔で私を見上げていた。変な顔。と思ったら、それは泣き出す直前の顔だったらしい。 ぽろりと、なのはの目じりから涙がこぼれる。 「なのは、目から真珠が」 「もう、ばか」 ばかにされて抱きつかれた。 「一緒だからね」 「うん」 「離れても、ずっと、ずっと一緒だから」 「うん」 私たちはそうして、夜空の下で抱き合って、年を越した。 暖かい年明けだった。 ……ところで、桃子さん、カーテンからちらちらこっちを伺うのはやめてください。 顔を赤らめて「まあ」とかそんなキャラじゃないでしょあなた。 あ、こら、写真に取らないっ。 |