何気ない動作に、心臓が不規則に脈打つ。 どう、すればいいのだろう。こんな(、汚らしい感情を)。 そうして戸惑っているあいだに、彼女はもう一口、赤いジャムを舐める。 「、さん」 「?」 かすれそうになった声にさんは気づいただろうか。 黒い夜のような色の瞳をあげて、私を見る。 テーブルにはこぼれた苺ジャム。さんは指にもかかったそれを、自分の舌で舐め取りながら首をかしげる。 「どうかした?」 「…いま、布巾を持ってくる、から」 不自然につっかえた言葉に、さんはふしぎそうにまばたいた。 「…蓉子さん?」 「なに?」 「…ううん、なんでもない…?」 ひとの(というより私の)感情の機微に聡いさんは、なにか、気づいたのかもしれない。 でもそれがなんなのか、たぶんわかっていない。 だって彼女は、私とはちがう。こんな、浅ましく汚れたそれなどかかえてはいないだろう。 さんはよく、私を「きれい」と言うけれど、彼女のほうこそ、そう呼ぶにふさわしい白さを持っている。 私はただ、ごまかしているだけ、で。 私はようやく彼女の指(そして赤いそれ)から目を離して、キッチンへ行くべく立ち上がった。―――のに。 ちゅ、と吸い付く音が聞こえて、視線が(、戻って、しま…った)。 さんのくちびるが、細い指を吸って、離れる。 めまいがした。 「あ、」 ぽた、とジャムが垂れて、彼女の服に付着する。 腕を伝うそれを、彼女は舌ですくい取る。 (のど、が、渇く) もう、これ以上は隠し切れない。 つぎの瞬間私が味わったのは、この上なく甘い、苺ジャムだった。
苺ジャム
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