何気ない動作に、心臓が不規則に脈打つ。
 どう、すればいいのだろう。こんな(、汚らしい感情を)。
 そうして戸惑っているあいだに、彼女はもう一口、赤いジャムを舐める。

、さん」
「?」

 かすれそうになった声にさんは気づいただろうか。
 黒い夜のような色の瞳をあげて、私を見る。
 テーブルにはこぼれた苺ジャム。さんは指にもかかったそれを、自分の舌で舐め取りながら首をかしげる。

「どうかした?」
「…いま、布巾を持ってくる、から」

 不自然につっかえた言葉に、さんはふしぎそうにまばたいた。

「…蓉子さん?」
「なに?」
「…ううん、なんでもない…?」

 ひとの(というより私の)感情の機微に聡いさんは、なにか、気づいたのかもしれない。
 でもそれがなんなのか、たぶんわかっていない。
 だって彼女は、私とはちがう。こんな、浅ましく汚れたそれなどかかえてはいないだろう。
 さんはよく、私を「きれい」と言うけれど、彼女のほうこそ、そう呼ぶにふさわしい白さを持っている。
 私はただ、ごまかしているだけ、で。

 私はようやく彼女の指(そして赤いそれ)から目を離して、キッチンへ行くべく立ち上がった。―――のに。
 ちゅ、と吸い付く音が聞こえて、視線が(、戻って、しま…った)。
 さんのくちびるが、細い指を吸って、離れる。
 めまいがした。

「あ、」

 ぽた、とジャムが垂れて、彼女の服に付着する。
 腕を伝うそれを、彼女は舌ですくい取る。

(のど、が、渇く)

 もう、これ以上は隠し切れない。
 つぎの瞬間私が味わったのは、この上なく甘い、苺ジャムだった。



苺ジャム



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up data 07/04/29
ごめんなさい。楽しかったです。
じつは「虹の向こう」と同一主人公です。