おとうさんのはなし 薔薇の館の会議室では、今日も今日とて会議という名のお茶会が開かれていた。 べつにサボっているわけではなく、紅と黄の薔薇さまが揃ってお休みで、やることがないせいだ。 そんなわけで、紅と黄のつぼみと白薔薇さま、そしてなぜかいるが、おいしいと評判のお店のクッキーをお伴に、ティーカップを傾けていた。 「そういえば、」 はむ、とクッキーをほお張って、由乃がと志摩子を交互に見やる。 「さんと志摩子さんって、ずっと前から知り合いだったのよね?」 「ん?」 唐突な話題に、と志摩子は同時に首をかしげた。 「いったいどういう経緯なわけ?」 「あっ、私も聞きたい!」 しあわせそうにチョコチップクッキーを食べていた祐巳(超絶かわいい)も、身を乗り出してを見る。 「志摩子さんの家のことも、お姉ちゃん知ってたんだよね?」 「あー、まあね」 「黙ってたことはこの際いいわ。とりあえず話しなさい」 「えぇと…」 志摩子は困ったように眉を下げた。 「私は、父がを連れてきて、それで知り合ったから」 「え? ってことは、もともとは志摩子さんのお父さんと知り合いだった、ってこと?」 「っつーか、まあ、ペンフレンド?」 「えぇ!?」 ただでさえ丸い目はさらに丸くして、祐巳が驚きを表す。 ああかわいいなぁ、と内心で萌えながら、は続けた。 「とある場所で知り合ってね。おもしろいおじさんだったから、声かけたんだ」 常識と良識を持ち合わせているは、普段なら絶対そんなことはしないのだが。 あのときは、好奇心のほうが理性を上回ったのだ。 (…あれ?) 電車に乗り込んだは、座席にぽつねんと置かれている黒いサイドバッグを見つけて首をかしげた。 そしてきょろきょろとあたりを見回す。 真昼間の電車はがらんとしていて、まばらにいるだけでこのバッグの持ち主は見当たらない。 はて。 は腕を組んで思案した。 (まあ、こういうとき行くのは…) もちろん、あそこだよね。 は図書館で借りた本が数冊詰まったリュックをしょいなおして、バッグを手に取った。 次の駅で降りたが向かったのは、駅員のところだった。 忘れ物らしきものを見つけたというと、駅員さんは幼いの頭をにこにこ顔で撫でて、じゃあこっちに、と忘れ物窓口らしき場所へを案内した。 てくてくと駅員さんのあとをついていき、サイドバッグを差し出す。 どういうシステムになっているかはよくわからないが、駅員さんはサイドバッグを受け取ると、ちゃんと落とし主を見つけるからね、とやっぱりにこにこ顔でに言った。 ちいさいのにえらいね。ひとりかい。へぇ、本を借りに。頭がいいんだね。 子ども好きなのだろうか。それとも単にひまなのか。駅員さんは書類になにやら書き込みながら、にあれこれと話題を振る。 もめったに入れない場所ということで、きょろきょろと室内を見回しながら駅員さんの問いかけに順々に答えていく。 そして駅員さんが書類をまとめ終えたときだった。 「すみませんが、ちょっとよろしいかな」 声がして、振り向くと坊主頭に作務衣の、ずいぶん古風な姿の男性がたっていた。 「はいはい、なんでしょう?」 「じつは電車に忘れ物をしてしまいましてな。このくらいの、黒いサイドバッグなんですが…」 「ああ、それはもしかして…」 駅員さんが、が持ってきたサイドバッグを指し示す。 「あれでしょうか?」 「おぉ! こんなところに!」 男性はほっとした顔で笑った。 「この子が届けてくれたんですよ」 「なんとまあ。ありがとうな、お嬢ちゃん」 「いえ」 「やー、助かった、助かった。一時はどうなることかと」 「とりあえず、中身の確認を」 男性はの横に座ると、サイドバッグを開く。 財布、ハンカチ、ティッシュ、それから―――、 「………え?」 「ん?」 思わず目を疑った。 ピンクの表紙。きらきらした絵柄。それはどこからどう見ても、まぎれもなく少女漫画だった。 タイトルは、『あなたのHeartにBack Atack☆』。ずいぶんアクティブなタイトルである。 「ああ、これかね?」 「は、はい…」 「いやー、ちょっとね。最近の子どもがどういうものを読んでいるのか気になって」 「はあ…」 「しかしあれだね。読んでみるとなかなか面白いよ。とくにこの主人公が告白するシーンなんて最高だよ! 相手の男の子の背中にスパイクをぶちかましてね!」 「(な ぜ に!?)」 「ああこの子バレー部なんだけど」 「(理由になってない、理由になってないよおじさん!!)」 「ボールに好きです≠チて書いてあったんだが、ライバルの子にブロックされてしまってね。そこから男の子を賭けた熱いバトルが「すみませんもういいです」…そうかね?」 男性はちょっぴり寂しそうな顔をした。無視する。 それにしても、なんというカオス漫画。これを読んでいるのか最近の少女たちは。そしてそれを嬉々として語る中年男性。世の中ってわからない。 (なんていうか、面白いなこのオッサン) 少女漫画を持ち歩く、見た目住職っぽいオッサン。の好奇心がくすぐられる。ものすごくくすぐられる。 おじさんは手続きを済ませたようで、椅子から立ち上がった。 「それじゃあ、これで。お嬢ちゃん、ほんとうにありがとう」 そう言い残して立ち去るおじさんを、は逡巡ののち、追いかけた。 「…んで、そのとき声をかけて連絡先を聞いたんだよね」 「…少女漫画って…」 「それ、面白そうだね」 「そうじゃないでしょ祐巳さん」 「……あああぁぁ…っ」 ずれてる祐巳もかわいいなぁ、と思って見ていると、横からこの世のすべてに絶望したようなため息が聞こえてきた。 同情だったりふしぎそうだったり面白がっていたりする視線を受けながら、志摩子はその場に突っ伏していた。 「お父さん…なんでそんな…」 「あとで訊いたら、娘がどういうの喜ぶか知りたかったんだってさ」 「だからって…だからって…っ」 まあだからって少女漫画はないよね。が言うと志摩子はとうとう黙り込んだ。 超おもしろい。 「それから文通しはじめて、それで誘われて家まで行ったのが翌年…小学校3年の夏休みだったかな」 「あ、もしかしてあのとき? ちょっと行ってくるって出てって、1週間も帰らなかった…」 「うん、そうそう」 「それちょっとってレベルじゃないわよね」 さんって、ときどきおかしいわ、という由乃の意見はスルーして、は志摩子に笑いかける。 「まあそういうわけで。ちなみにおじさんの手紙の内容、9割娘自慢だったよ」 「!」 「志摩子のあれこれのソースはだいたいそこから」 「!!」 「とくに日本地図事件は爆笑ものだったよ」 「!!!!」 志摩子の顔は青くなったり赤くなったりと非常に健康に悪そうである。 由乃と祐巳はさっぱりわからない顔で互いを見合わせる。 「にほん」「ちず?」 「ああああっ、な、なんでもない、なんでもないわ!!」 普段なら絶対見られない取り乱した志摩子を眺めながら、はにやにやと笑った。 やっぱり面白いわ、この子。 の志摩子いじりは、まだまだ続くようである。 |