「あ」と言った瞬間力いっぱい口をふさがれた。…痛い。 中等部の入学式から数日。とはいえほとんど変わらない面子で新鮮さもへったくれもない。 高校は外部受験してみるかなー、なんて微塵もその気がないことを考えていた矢先、その顔に出会った。 そして今、私はそいつと体育館裏に来ている。体育館裏といえば怖い先輩に呼び出されてシメられるってのが常道だけど(今時ねぇよとかは言わない)(いいもん私どうせ古い人間だもん)。 「…で、なんでここにいるの、志摩子?」 「こ、これはね、、その、あの、えっと」 目の前でおろおろしている一見フランス人形のふわふわ髪美少女は、藤堂志摩子。私の文通相手の娘さんだ。 うちの妹弟に負けるとも劣らない美少女っぷり。しかし妹たちのほうがかわいいと断言する。姉ばかと呼びたければ呼ぶがいい。 閑話休題。 「ってゆーか私がリリアンに通ってるの知ってたでしょ? 入学するにしてもなんで連絡のひとつもくれないの?」 「そ、それは…その…」 黙ってるなんて水臭い、という私に、志摩子はなぜかためらうように数秒の間を置いて言った。 「は反対するかと思って…」 ………、はい? なんだかふしぎなことを仰る藤堂さんちの志摩子さんに、私は思い切り眉を寄せた。怪訝な顔をしたつもりだったんだけど、志摩子は違うふうに取ったようで、ますます申し訳なさそうに身体をちいさくした。 「…ごめんなさい…」 「…いや、なんで謝るのかがよく…」 「だって私、寺の娘なのに」 ………。 ふしぎ発言、パート2。 私はわけがわからなくなって、額を押さえた。なにがなんだかわからない。 (えーと、ちょっと待てよ?) 要するに、志摩子は寺の娘だからリリアンへの入学を反対される、だから黙っていたと、そういうことか。 なるほどなるほど。 (……) 私はどこの異端審問官だ。 今時宗教うんぬんでそんな差別的な考えするやつがいるだろうか。 まあまれにいるかもしれないけど、すくなくとも、この無宗教なんだか自由なんだかわからない現代日本ではあまりないと思う。っていうか私はない。 っつーか、入学して通えばすぐにばれるってのに、それでも黙ってるあたりが子どもだなぁ、と思わなくもない。 「んー…まあ、私はべつにいいと思うけど…」 「ほんとう? じゃあ、…あの、黙っててくれる? 私が、その…」 「家のこと? まあいいけど…」 そんなに気にしなくてもいいと思うけどなぁ。 私はそこまで考えて、あれ、と思った。 ちょっと待てよ。志摩子がこんなに思いつめてること、親であるあのひとたちは絶対に気づいている。 にもかかわらず、志摩子はいまだにこんな感じで…? (…もしかしてわざとか。わざとなのか、友よ) とりあえず志摩子のお願いにはうなずいて、ひさしぶりにあの豪快住職に電話してみようと思った。 で、その夜。 『いやあ、ひさしぶりだなぁ、ちゃん。元気にしていたか?』 「ええ、あいかわらずです。住職のほうこそ、元気ですか?」 『こっちも変わらないよ。それで、電話してきたってことは、志摩子とはもう会ったのかい?』 「思いっきり口をふさがれました。物理的にもべつの意味でも」 『うーん、やっぱりか』 困ったもんだなぁ、といった口調とは裏腹に、声は非常に楽しそうである。 仮説が当たりそうな予感がしつつ先を続ける。 「…んで、住職。説明プリーズ。なんで志摩子はあんなんなんですか?」 『いやあ、ちょっとね。志摩子がずいぶん気にしてるみたいだから、ついばれたら学校やめなさい≠チて言っちゃって』 「つい、で自分の娘の人生を左右するなばか住職」 『あっはっはっは』 なんつう親だ。 志摩子がおそろしくまじめで頑固なのはこのひとも知っているだろうに。 それをあえてそんなふうに悩ませる方向へ追いやるとは、なんておもしろ…訂正、サイテーなんだ。 『で、檀家さんたちと志摩子がいつ告白するかでちょっと賭けをしてるんだけど、乗らない?』 しかも賭け事にまでしてるし。 ほんとにおもしろ…じゃなかった。サイアクだなこの住職。 「はあ…。普通しますかそんなこと。寺の住職が。父親が」 『乗らないの?』 「乗りますけど」 悩みに満ちた思春期はいずれ大人になったときに甘酸っぱい思い出になる。これもいい経験だ。とかなんとか。 いろいろ言い訳してみるが、結局はおもしろそうだから、っていう私も、結局は電話の向こうのオッサンと同類なんだろうなぁ。 まあそれ以外にも理由はある。 頑固な志摩子のことだ。私がいくら気にするな≠ニ言ったってきっと聞きやしない。 聞くとすればそれは志摩子を今まで知らなかったひとだけだろう。 そしてそれ以上に――これが一番の理由だ――志摩子の憂いを含んだ表情は、すごく萌えるのだ。 わたくしこと福沢は、自分の欲望に忠実な女だった。 |