さん、煙草吸いすぎじゃない?」

 フィルターがくちびるに触れる寸前、さんの手が止まり、怪訝そうな目が私を見やった。
 ソファにならんで腰掛けた私とさん。その正面に置かれたテレビからひとの笑い声が聞こえてくる。ずっと狙っていただけに、いいタイミングで切り出せたと、私はひとり満足した。
 そんな私に、さんはその低めの声を投げかける。

「いきなりなんだ?」

 さあ、ゲームスタート。



煙草



「ん、いやぁ、なんとなく。いつも思ってたんだけどね」

 そう言って、コーヒーの入ったカップに口をつける。苦い液体をすすりながら、それとなくさんの様子をうかがう。

「…いつも許可は取ってるはずだけど」
「まあね」

 不可解、といわんばかりに眉を寄せるさんに、私は何気ない顔でうなずく。
 さんの戸惑いももっともだ。なにしろ私は、いままでさんの喫煙にかんして、口出ししたことは一度もない。
 べつに気にしてないということもあるけど、それ以上にさんの煙草を吸うしぐさがものすごく色気があって、見ていて楽しいから。

 だから今回も、喫煙そのものをどうこう言うつもりではないのだ。
 自分のたくらみがうまく成功しますように、と(信じてもいない)神さまに祈りながら、私はつぎの言葉を口にした。

「口寂しいの?」
「―――」

 訊いた瞬間、さんはわずかに目を見開き、そのなかに理解の色が浮かんだ。にや、とくちびるが弧を描く。
 あ、ばれた。
 さんは頭がいいから、たぶん途中で気づかれるとは思ってたけど…。

「ふぅん」
「なに?」

 さんは私と向かい合うようにソファの背もたれにひじをかけて、こちらに身体を向けた。

「意図が見え透いてる。減点1」
「…そういう反応ですか」

 てっきりばかにされるか無視されるか、どちらかだと思っていた私は、長めのため息をついた。
 これでもけっこう考えたほうなんだけどなぁ。
 やっぱり一筋縄ではいかないか。
 ぜったいうまくいく、なんて自信はなかったけど、さすがにがっかりする。

 っていうか、私たち一応は付き合ってるんだし、こんな策略とかめぐらせなくたっていいと思うんですけど。
 恨みをこめた視線でさんを見ると、さんはさっきと同じような体勢で(からかうような目も同じ)、私を見ていた。

「私相手にそんな手段使っても意味ないよ」
「……だって」
「ま、そういうのも悪くないけどね。でもそんなんじゃ、一生先には進めないね」

 さんは(それはもうとてもとても)楽しそうに追い討ちをかけてくれた。
 私は不機嫌になるのを抑えられない。そりゃ私はさんより年下だし、経験も浅いし、鈍感だけど、そこまで言うことないだろう。
 それが顔に出たのか、さんが今度は、くつくつと笑い出した。

「聖、素直すぎ。それがいいんだけど」
さん!」
「だからさ―――」

 不満をあらわにした私の視界が、さんでいっぱいになった。
 さんの切れ長の黒い目が私を捉えたまま、くちびるにやわらかい感触。口内に広がる苦味を残して、それはすぐに離れた。

「―――…」
「変な回り道しないで、あんたはあんたらしくすればいいんだよ」

 呆然としている私を満足げに見やると、さんは今度こそ煙草に火をつけて、おいしそうに吸った。



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up data 06/10/06
要約:そんなきみが好き。