むかつく。 熱心な顔で部屋の中央に置かれているミニテーブルに向かって、なにかを(大方お仕事♀ヨ係だ)している細い背中を睨みつけながら口を尖らせた。 金色のさらさらした長い髪を後ろにひとつ結びにした、美人でやさしい学校でも人気の女の子。 彼女がじつは別世界では執務官(エリート警察官みたいな感じらしい)という肩書きを持っているのだとはとても想像できない。 だって頼りないしすぐあわてるし赤くなるしやさしいし美人だしかわいいし…なんで褒めてるんだ私。ちくしょう。 そんなフェイトはさっきから、テーブルに資料のようなものを広げてそれを読みながらSF的なモニターになにやら打ち込んでいる。 私はといえば、ベッドの脇に背をもたれかけ携帯をいじりながらフェイトの背中をちらちらと見やっている。フェイトは私の視線に気づいたそぶりもなくひたすらピッピッピッピッ、ああ…むかつく。 「…?」 やわらかい音が私を呼んだ。フェイトの声だった。くそ、声もかわいいじゃないか。ってゆーかその座り方どうにかなんないの。正座を崩したようなべた座り。フェイトの雰囲気もあいまって、非常にあれだ。なんていうか。かわいい。いや、べつにどきどきなんかしてないけど。 「どう、したの、さっきからずっと…」 気づいてたのか。 戸惑ったような視線に無言でいると、フェイトの顔がだんだんと不安そうなものに変わってきた。 「あ、つまんない? あの…もうすこしで終わるから、ちょっとだけ待ってて。えと、なんだったらエイミィのところに行っててもいいし…」 「それって私が邪魔ってこと?」 「ちっ、ちがうよ! 絶対そんなことない!」 「…じゃあここにいる」 「あ…あ、そう…うん」 ちょっと紅潮した頬を隠すようにフェイトはまた机に向き直った。どうでもいいけどこの子赤面症だよね。こんなんで仕事とか大丈夫なのかな。 …いや、心配なんかしてやんないけど。どうでもいいけど。 私はフェイトから目をそらして、手元の雑誌を見た。 次元世界の流行がどうのという記事を読む。エイミィさんが貸してくれたものだ。それによると、なんでも最近ではデバイスがアクセサリーとしても使えるように、デザインに工夫を凝らしたものがはやっているらしい。ブランドもたくさんあって、値段はぴんからきりまでいろいろある。 あ、これかわいい。 そうやってしばらく雑誌を読んでいたけれど、それもすぐに飽きてまたフェイトのほうに目が行った。 細い肩が動いている。冬だけど部屋は暖房であったまっているから、フェイトは薄着だ。肩甲骨のラインがよくわかる薄手のシャツは、珍しく黒じゃない。淡い青色だ。よく似合ってる。 あれ、そういやこないだフェイトには黒も合うけど青も合うだろうねなんて話した覚えがある。もしかしてあれのせい? いや、んなこたないか。うん、でも思ったとおりよく似合ってる。 (それにしても) もうすこしとか言いながら、終わる気配が一向にないのはなぜだろう。 せっかく遊びに来たのに。いや、押しかけたのは私だけどさ。それにしたってちょっとは相手してくれてもいいじゃない。 べつにさみしいとかじゃないけどさ。なんか腹立つ。早く終われ。そして客の相手をしろ。 とそのとき。唐突に部屋の中に携帯のメロディが流れた。傍に放置していた自分の携帯を見やるけど、私じゃなかった。フェイトが自分のそれを出して耳に当てる。 「もしもし…なのは?」 心なしか弾んだ声だった。 こいつ。私がいるのに相手もしないでなのはのときにはそんなにうれしそうってどういう了見だこのやろう。 溜まりに溜まっていた不満が今ので臨界点を突破した。 私は持っていた雑誌を置くと、フェイトの背後に忍び寄る。フェイトは電話に夢中で気づいていない。すこしは気づけよ執務官。 「うん…うん、それで?」 漏れ聞こえてくるなのはの声。近づいて見えたフェイトの口元がそれはもう緩んでいた。仕事はどうした仕事は。 イラっと来たので私はもう遠慮なく報復を実行した。すなわち。 「ひゃあ!?」 フェイトのおなかに手を回して、抱きついたのである。 フェイトは悲鳴を上げて盛大に硬直した。電話の向こうからなのはのびっくりした声が聞こえてくる。 フェイトが私を振り返り、ぱくぱくと口を動かした。声が出ないらしい。私が皮肉をこめて満面の笑みを向けてやると、フェイトはその白い肌をみるみるうちに赤く染め上げた。 『フェイトちゃん? おーい、どうしたの?』 「ッあ、な、な、なんでもにゃ…っつぅ…!」 噛んだよ。 なのはもふしぎに思ったのか、『なんでもないように聞こえないんだけど…?』と問い返す。まったくだ。 こみ上げる笑いをこらえるために私はフェイトの背中に額を押しつけて、回した腕に力をこめる。 空いていた隙間が埋まって、フェイトと私は完全に密着状態になった。すると、フェイトの身体がますますこわばる。 この子スキンシップ慣れてないのかな? でもなのはやはやてには抱きつかれても平気で笑ってるし…。 ってことは私限定? なんかそれむかつくんですけど。 腹が立ったのでわき腹をくすぐってやった。 「っ!!」 振り返ったフェイトの目は潤んでいて、今にも泣きそうだった。 『フェイトちゃん? ほんとに大丈夫?』 「だ、だ、だ、大丈夫っ」 (いや、あきらかダメだろ) 私は逃げようと身をよじらせるフェイトの身体を片腕で引き寄せて(さすが鍛えてあるだけあって力は強かったけど、足で挟み込むとおとなしくなった)、さらにくすぐり攻撃を続けた。 フェイトは懸命に声をこらえているようで、ときおり喉の奥で鳴くような声が聞こえた。 私はいっそ大爆笑させてやろうと、指先を腰へすべらせる。そのときだった。 「ぁ…っ」 甘い、鼻にかかった声がかすかに上がった。 偶然だろう。笑いたいのを我慢していたらそんな声が出ただけだ。でもびっくりしてつい手を止めてしまった。 フェイトも自分で驚いたのか、石のように硬直した。 『フェイトちゃん、どこか具合でも悪いの?』 「っ、う、ううん、平気、だけど…ごめん、ちょっと…かけなおす」 『え? うん…』 携帯を切ったフェイトは、力なくうなだれた。 なんだか気まずい沈黙が降りる。私は動けず、真っ赤になったフェイトの耳を見つめていた。 これは、もしかしなくても、私が悪い…のか? いや、でもただ遊んでただけだし。ちょっとくすぐったくらいで怒られても困る。でも。 心臓がずきずき、胃の奥はずっしり。私は次第に罪悪感に耐え切れなくなって、わざとらしい明るい声を出した。しかしそれが余計だった。 「なんか今の声色っぽかったよ」 「っ……」 フェイトは息を詰まらせ、ますますうつむいてしまった。髪が落ちて耳も見えなくなる。私ってもしかして頭悪い? にっちもさっちもいかなくなって、私はなんでこんなことになったんだ、とくちびるをゆがめた。 フェイトが相手をしてくれなくて、なのになのはから電話が来たとたんうれしそうにしやがったので、腹が立って。 だから報復にと抱きついたのだった。 でもやっぱりおかしい。さっきも疑問に思ったけど。なのはやはやてとなら笑ってスキンシップ取るくせに、なんで私だとだめなんだ。 思い切り硬直されて、ほんとはちょっと傷ついた。 私といるときだけしゃべらないし。しゃべってもどもるし。目もあわせないし。すぐに赤くなるし。笑わないし。嫌いなら一緒にいなきゃいいのに。 (…あれ?) なんか今、すごく重要なことに気づいたような気がする。 喉に小骨が刺さったような感覚。私は今考えたことをリピートさせた。 目を合わせてくれなくて笑わなくてすぐ赤くなってしゃべらなくてしゃべってもどもってでも一緒にいる。 (…うーん?) 首をひねって虚空を見上げる。フェイトの髪のにおいがした。あ、これ私が使ってるのと同じシャンプーだ。って、それはべつに関係ないな。 「…」 弱弱しい、震えた声が呼んだ。 目をやると、フェイトがうつむいたまま、私の腕に手をかけている。声と同じように、その手も震えていた。そのくせ、熱い。 「も、はなれて…」 そう言うフェイトは、なんだか泣きそうだった。 ぼやけていたもろもろの答えの輪郭が、はっきりしていくのがわかった。 私はかけられた手を無視して、いっそう強くフェイトを抱きしめた。 「やだ」「!?」 背中に頬を擦りつけると、フェイトはふたたび硬直した。 伝わってくる心音が、とんとんとんとん、早いリズムを刻んでいる。 答えはもう明確な形をして私の前に現れていた。
報 復 そ し て 幸 福
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