肉まん



「食べる?」
 ひょい、と差し出したそれを見て、志摩子さんは目を丸くした。
 わたしは笑って、ほら、と受け取るように促す。
「もしかして嫌い? 肉まん」
「あ、いえ…ありがとう」
 戸惑いがちに、志摩子さんがそれ―――半分に割られた肉まんを受け取った。

 出会ったのは偶然。
 気まぐれにコンビニで肉まんを買って、公園のベンチでぱくつこうとしたら、志摩子さんが通りかかった。
 それを呼び止めて(というかいきなり肉まん差し出して)、今に至る。
 さして親しくもないわたしに呼び止められ、あまつさえ肉まん半分こされた志摩子さんは、なんだかふしぎそうな、少し混乱しているような顔をしていた。

「座ったら?」
 まだ戸惑ったまま、その場に立ち尽くしている志摩子さんを、隣に促す。
 志摩子さんはそれに従いはしたものの、やっぱりふしぎそうにしていた。
 わたしはとりあえずそれを黙殺して、肉まんにありつく。
 頬張ると、具の熱が口全体に広がり、甘みが舌をとろかす。
 うん、おいしい。
 思わず顔がほころんでしまった。

「…ふふ」
 ふいに、隣で志摩子さんが噴出した。
 わたしが顔を上げると、慌てて「ごめんなさい」と口元に手をやった。
 なにからなにまで優雅なひとだ。
「なに?」
「いえ…しあわせそうに食べるのね」
「だっておいしいもの。志摩子さんも、冷える前に食べたら」
「そうね。それじゃあ、いただきます」

 丁寧にわたしに頭を軽く下げてから、志摩子さんが肉まんをかじった。
「ど?」
 咀嚼して飲み込むのを待ってから、訊ねる。
 志摩子さんは微笑んだ。
「とてもおいしいわ」
「でしょ」
 ここのコンビニの肉まんは最高なんだ。―――言って、わたしもふたたび肉まんを頬張った。

 もぐもぐと口を動かしながら、空を見上げる。
「わたし、」
 飲み込んで、続ける。
「志摩子さんと、一度ゆっくりお話したかったんだ」
「え?」
 驚いたように目を丸くする志摩子さんを見やり、笑う。
「声をかけるまでに一年もかかっちゃった」
 ふふふ、と声を立てると、志摩子さんも釣られたように目を細めた。

「私も、」
 私も、と繰り返し言って、志摩子さんが笑う。
さんと、お話がしてみたかったの」
「ほんとう?」
 志摩子さんがたおやかに頷く。
「いつも、楽しそうに笑っているから」
 わたしは嬉しくなって、言わなくてもいいことを言ってしまった。
「志摩子さんは、寂しそうだったよね」
「…え?」
 言ってしまって、ああしまったと思った。

 志摩子さんが目を瞬かせている。
 わたしは自分の失態に顔をしかめて、虚空を見やった。
「うぁー…いや、そうじゃなくて。あーそうなんだけどそういうんじゃなくて、えーとなんていうか…」
「寂しそう、に、見えた?」
「あー…うん、まあ」
 嘘をつくのは苦手だったので、わたしは頷くしかなかった。
 傷つけてしまったかな、と思って志摩子さんを見ると、志摩子さんは少し呆然としているようだった。

「どうして…」
「わ、わたしがそう思っただけなんだけど。志摩子さん、一年生の頃はなんか、みんなと距離を置いていたでしょ?」
 言うと、志摩子さんはますます目を見開いた。
 あああ、そうじゃなくて。
「あ、あのね、なんとなくだよ、なんとなく」
 強調して前置きする。

「なんかひとりで悩んで抱え込んでるなーって思ったんだけど、わたしそういうのどうしていいのかわかんなくて、あ、けど今はそんな感じしないよね。でもえーっと」
 うー、だとか、あー、だとか、とにかく意味のない言葉を連ねて、わたしはようやく適切な言葉を見つけた。
「友だちになりたいって思ったんだ」
 うん、そうだ。それだ。
「わたし、志摩子さんと友だちになりたいんだ」

 これだこれだ。納得できる言葉が見つかって、わたしは何度も自分で頷いた。
 志摩子さんはしばらくわたしを見つめると、見開いていた目をゆっくりと和らげる。
「ありがとう」
「え? いや、むしろごめんっていうか」
「どうして謝るの?」
「一年間も迷いっぱなしなんて、なんか情けないよね」
「そんなことないわ。そう言ってもらえて、うれしい」
 ほんとうに嬉しそうに志摩子さんは笑うものだから、わたしも安心して笑い返した。

 肉まんの残り一口を食べて、空を見やる。
「明日、晴れるかなぁ」
「そうね…晴れるといいわね」
「晴れたらまた肉まん食べに来ようよ」
「明日?」
「明日」
 頷くと、志摩子さんはわたしと空を見比べて、口元をゆるりとほころばせた。
「それじゃあ、今日はてるてる坊主を作らなくちゃ」
 冗談か本気かはわからなかったけど、志摩子さんの口から「てるてる坊主」なんて単語が飛び出したことが可笑しくて、わたしはふふふと笑ってしまった。

 わたしも帰ったら、てるてる坊主を作らなきゃ。



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up data 05/5/27
適当100題「040:肉まん」
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