その瞳に映るのは



 ああ。


 見てる。



「蓉子ー?」
 遮るように、わざと覗き込んで目を合わせる。
 蓉子ははっとして、私を見た。
「なに?」
「なに見てるのかなーって」
「べつに…なにも」
 蓉子は笑った。

 嘘をついた。

「ふーん? なんかぼーっとしてたからさ」
「そう?」
「うん」
 頷きながら、蓉子の前の席に座る。

「そういえば、
「うん?」
 ああ、ほら。すぐそうやって、話題を変えようとする。
 何事もなかったかのように。

 蓉子は一瞬、視線をさまよわせた。
「このあいだ、貸した本あったでしょう?」
「ああ、あれね」
「読んだ?」
「うん。まだ」
「まだなの?」
「嘘」
「どっちよ」
「さあ?」
「…

 半眼で、呆れたような眼差し。
 今は私を見ている。
 私を映している。
 うれしい。

「ごめんごめん。そのうち読むよ」
「そう言って、どれだけ経っていると思うの?」
「一ヶ月」
「半年よ」
「え、そんな?」
「興味ないならないって、言えばいいのに」
「そんなことないよ。ただ読む元気がないだけ」
「……」

 なんてことない会話。
 あなたは私を見ている。
 呆れでも、諦観でも、そう、たとえ憎しみでもいい。
 私を見ている。
 うれしい。
 うれしい。

 かなしい。

?」
 蓉子が首をかしげた。
「なに?」
「どうしたの?」
「なにが?」
「だって―――」

 す、と。
 蓉子の指先が、頬に触れた。

「―――泣きそうな顔」

 してる、と言いかけて、止まる。
 教室の出入り口から、声が聞こえたから。
 蓉子が愛してやまない、あのひとの声が。

「蓉子こそ」
「え?」
「泣きそうなカオ」
「…してないわよ」

 僅かに眉をひそめた蓉子の指が、顔から離れた。
 熱が急速に冷めていく。
 心ごと、凍りついていくようだ。

 蓉子は私から目を逸らすと、自分の頬に手を当てた。
 その瞳が、切なく、頼りなげに揺れる。

 見てる。

 ここにいないひとを。
 でも、常に付きまとうひとを。

(ねえ…)



 私を見て。



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up data 05/3/31
適当100題「030:その瞳に映るのは」
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