ココロノオト



「ねえ知ってる? 心の音って聴こえるんだよ?」
「なによ、それ」
 友人の唐突のセリフに、私は怪訝な顔で返した。


 が不満そうな声をあげる。
「蓉子つめたーい。なんかもっとこう…あるでしょ答え方が!」
「じゃあ…、いきなり人のベッドで昼寝はじめたと思ったら次はそれ?  唐突にもほどがあるわよ、
「…いじめっ子」

 誰が。

「蓉子ってなんでそう裏表激しいかな」
「そんなに激しいつもりはないけど?」
「だって、聖と江利子と私には、こーゆー態度するでしょ? でも祥子ちゃんとか、ほかの子にはやさしいよね」
 私はため息をついた。

「あなたたちが世話を焼かせるからでしょう?」
 そうならざるを得なかったのだ、と主張すると、は腕を組んで首をかしげた。
「そうかなぁ?」
「そうよ」

 なおも納得できない、といった面持ちで考え込んでいる
 しばらくそうしていたかと思うと、突然、「あっ!」と顔を上げた。
「なに?」
「ちがうよ蓉子! 話ずれてる!」
「………」
 あなたのタイミングも相当ずれているけどね。

「心の音だよ、心の音!」
「それ、冗談じゃなかったの?」
「私はいつでも弱気に本気」
「ああそう」
 あえて突っ込まずにスルー。
 は一瞬不満そうな顔を見せたけど、無視。

「簡単な聴き方があるんだよ」
 が自慢げに胸を張って言った。
 高校生になっても、小学生みたいな子だ。
 もうすぐ卒業なのに…大丈夫かしら。

「あるの?」
「あるの!」
「ほんとに?」
「ほんとに!」

 深く頷くに、私は訊ねた。
「それ、どこから仕入れた情報?」
 だいたい検討はついているけど。
 は無邪気な顔で言った。

「聖」

 やっぱり。
「思い切り騙されているわよ、それは」
「なんで? 聖は物知りだよ?」
 その大半が嘘だけどね。
、またからかわれたのよ」
「そんなことないよ。これで蓉子もばっちりだね! って言ってたし」
 なにがばっちりなのかぜひ訊いてみたい。

、どれだけ聖に騙されればわかるの?」
「蓉子、人をもっと信用したほうがいいよ」
 真顔で言われた。
 だけど、。あなた、聖と江利子の言うことは、半分くらい嘘として聞いておかなきゃ、痛い目見るわよ。
 というか、それで何度も騙されているじゃない。

 一向に治らないの単純さに、私はため息をひとつ。
 そんな私の態度に、が言った。
「信じてよー。ぜったいこれはほんとだって。とにかく試してみよ」
「試すって…私で?」
「うん」
 当然、とでも言うように、が頷いた。
 結局こうなるのか。

「だめ?」
 …聖、計算尽くね。
 私がの頼みを断れないこと、知っててやったわね。
「…わかったわよ。で、どうすればいいの?」
 の顔が一瞬で明るく輝いた。
 …こんな顔を見られるなら、騙されてもいいかと思ってしまう自分に、呆れてしまう。
「来て」
 手招きするに従って、私はベッドに腰掛けた。

 脳裏に聖の勝ち誇った笑みが浮かんだけれど、無視した。なんとでも言いなさい。これが惚れた弱みってものよ。
 はぜんぜん気づいてないけどね。

「で、次はどうするの?」
「じっとしてて」
 そう言うなり、は私に抱きついてきた。
 一瞬、頭の中が真っ白になる。

「――――ぇ…ちょっ、…え!?」
「動かないで」
 とっさに引き剥がそうとした私を、はさらに強く抱きしめる。
 少し頭をずらし、私の胸――正確には心臓の辺り――に耳を当てた。
「…ッ」
 身体が硬直して、微かにも動かなくなった。

 混乱する頭の中に、逆流する血液の音だけが響く。
 あるいは心音か。…心音…。

 心の、音。

(っ聖ぃ!!)
 も教えられたときに気づいて!
 それは心の音じゃなくて心臓の音!
 字は一緒だけど違うでしょう!
 怒鳴りつけたい衝動と、抱きしめられている緊張で、もうどうしていいかわからない。
 当のは、心の音を聴くのに一生懸命だ。

 しばらくそうしていると、のくぐもった声が聞こえてきた。
「うーん…、これは…」
 はようやく頭を上げて、私ににっこりと笑う。
「わかったよ」
 それはもう、嬉しそうに。


「蓉子、私たち、両想いだね」


 熱くなった顔を手で覆い隠しながら、私は心に誓った。



 聖、覚えてなさい。



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up data 04/9/25