指先に触れる ふわふわでやわらかい



 ふわふわ。柔らかい。
 私は新鮮な驚きを感じた。
 こんな髪、触ったことない。

「…あの…さま?」
「え、なに?」
「………どうか、されたのですか?」
 志摩子はきょとんとして、されるままになっている。

「どうって、どうも」
「あの、ですが…」
 志摩子が言いにくそうに、しばし口ごもる。
「ですが、なに?」
 私が促してやると、志摩子が遠慮がちに言った。
「…顔が、笑っています」

 ……つまり、顔が緩んでいる、と言いたいんだろう。
 そんなの自覚してるから、すっぱり突っ込んでいいのに。
 相変わらず愛いやつだ。

「だってふわふわでほわほわでやわやわなんだもーん」
 私変態かもしれない。
 そう思えるくらいやばかった。
 志摩子は、はあ、といまいちよくわからない、といった感じで頷く。
「もうほんと柔らかいね、ふわふわだね、志摩子すごいね」
「…ありがとうございます」
 にこ、と微笑する姿は天下一品の美人さん。
 可愛すぎて抱きしめたくなる。

「いいなぁ、こんな髪を毎朝梳いて結って遊んでみたい!」
 こんな子が妹に生まれてきたら、もう溺愛すること間違いない。
 そして服を買い込んで、着せ替え人形よろしく、着せまくりたい。
 洋服に合わせてアクセサリーを作るのも楽しそうだ。
 あああ、なんで私はなんだ。藤堂じゃないんだ!

 かなりむちゃくちゃなことを思いながら、志摩子の髪をもてあそぶ。
 色素の薄い髪と、日本人離れした容姿も相俟って、フランス人形のような雰囲気をかもし出す。
「…あれ?」
「はい?」
 ふと気づいて、私は志摩子の髪に顔を近づけた。
「えっ…」「志摩子、いい匂いがする」
 目を見開く志摩子を軽く手で押さえて、髪に鼻先をうずめる。

 花のほのかな甘みを含んだ香りが、鼻腔を刺激する。
 思わずうっとりする。
 さわり心地もいいけど、香りもすごくいい。
 どうして今まで、ぜんぜん気づかなかったんだろう。

「志摩子、どんなシャンプー使ってるの?」
 今度教えて、と顔を離して彼女を見て、固まった。
 志摩子の目元が、薄っすらと赤くなっていたのだ。
 目を伏せた志摩子には、私の声は届いていないようだった。
 きゅっと唇を結んで、恥ずかしそうに自分の手を握り締めている。
 私も言葉を失って、呆然とする。

 ――――きれい。

 それしか思い浮かばない、自分の語彙の乏しさに呆れる。
 でも、その言葉でしか表現できなかった。
 本当に、なんてきれいな子なんだろう。
 こんな子に慕われるマリア様は、とても幸せだ。

 私は志摩子の髪に指先を絡めると、そっと口元に近づけた。
 志摩子を見つめて、言う。
「きれいだね」
 志摩子が私を見上げる。
「…髪が、ですか?」
 私はゆっくりと首を振り、志摩子に微笑みかけた。
「志摩子が」
 志摩子は一瞬瞳を震わせ、けれどすぐに、私に微笑みを返した。
 照れて頬が赤くなっているせいで、可愛さ倍増。

 どうしようもなく愛しくて、志摩子の髪に、そっと口付けた。



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up data 04/9/4