指先に触れる しなやかで美しい



「…なにしているの、
「髪触ってる」
「………」
 祥子は深くため息をついて、私の手を振り払った。
「あ」
「あ、じゃないわよ。急に立ち止まったと思ったら、こんな…」
 祥子の言葉には耳も貸さず、私はまた手を伸ばし、触れる。
 祥子はふっと口を噤むと、不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。
「まったく…」

 怒っているような声とは裏腹に、今度は手を振り払おうとはしない。
 無言の許しを得て、私は機嫌よく祥子の髪を触った。
「きれいだね、祥子の髪。さらさらで柔らかいし細いしきれい」
「いま、きれい≠チて二回言ったわね」
 細かいよ祥子。
 でも髪を触らせてもらっているので、とりあえず黙っておく。
 それにしてもほんとにさらさら。するすると指の間をすり抜けていく。

「纏まりにくそうな髪だよね」
「…江利子さまにも同じことを言われた覚えがあるわ」
「江利子さま? 先代黄薔薇さまに?」
「えぇ。シンデレラの劇をやるときに、結んだのだけど」
「へぇ、江利子さまがやったんだ」
 でも、結構しっかり纏まっていた気がする。
 相当苦労したんだろう。それでもきちんとできる辺り、さすがだ。
「そのとき言われたわ。なかなか言うことを聞いてくれない、って」

 ひとの言うことをなかなか聞かない髪の毛か…。
「なるほど、性格がよく表れてるね」
「…どういう意味かしら?」
「あはは」
 笑ってごまかす。でも意味は通じていると思う。
 だって半眼で睨まれてるし。

「ねえ、祥子」
「なによ」
「今度、髪いじらせて」
「…いま、いじっているじゃない」
「そうじゃなくて、髪、結わせて、って意味」
 祥子は驚いたような顔をして、けれどすぐに睨むように私を見た。

「私の性格がよく出ているんでしょう?」
 うーむ、そう来るか。
「大丈夫だよ。私なら」
「どこからそんな自信が…」
 呆れる祥子に、私は笑いかける。
「だって私、祥子の扱いには慣れてるからね」
 祥子は一瞬黙り込むと、ふい、と目を逸らした。

「いやよ」
「えー、なんでー?」
「あなただと、いたずらされそうで怖いわ」
「しないって」
「どうだか」
 まったく取り合ってくれない。ひどいなぁ。

「江利子さまには触らせて、私には触らせないの?」
「お姉さまにも触っていただいたことがあるわ」
 自慢げに言うなっ。
「…祐巳ちゃんにも?」
「ええ、このあいだ梳いてもらったわ」
 嬉しげに言うなっ。

「…ちょっと腹立つ」
「どうして?」
「―――私だって、祥子の髪好きなのに」
 祥子は大きく目を見開くと、怒ったような顔をして、私に背を向けた。
「あ、どうしたの?」
「もう行くわよ。祐巳と一緒に帰る約束をしているの」
 私より妹を取るか。しょうがないけどさ。私も祐巳ちゃん好きだけどさ。
 でもちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃない。

「ちょっと祥子、」
 待って、の言葉は風に煽られ、飛んでいった。
 私は一瞬目を細め、髪を抑える。
 前を行く祥子も、乱れた髪を指で整えていた。
 その隙にもう一度声をかけようとして、顔を上げる。

 垣間見えた、赤らんだ両耳。
 私はかける言葉を見失い、立ち止まった。
 祥子が振り向く。
「なにしているの。早くしなさい」
 その顔は、もういつもどおり。
 私は笑って、早足で祥子に並んだ。

「ねえねえ祥子」
「なによ」
「今度結わせてね」
「いや」

 すげなく断られても、私の頬は緩みっぱなしだった。

 祥子、約束だよ?



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up data 04/9/4