水野家の場合



 大体あのひとはでき≠キぎるのだ。
 基本的能力はたぶん平均値。
 でもそれを努力でカバーするのがあのひと流。
 そしてそれでカバーできるのは、紛れもなく持って生まれたもの。
 努力したって、できない人間はできないのだ。
 だけど周りは期待する。

 あの$野蓉子の妹だから。

 ふざけた根拠だ。
 血の繋がりがなんだ。遺伝だって所詮は可能性にすぎない。
 まして姉妹では。

? どうかした?」
 リビングでぼーっとテレビを見ていたら、姉が私を覗き込んできた。
 テーブルに広げたノートと教科書と参考書を見やり、姉は微笑んだ。
「どこかわからないところでもあるの?」

 理想のお姉さん。
 周りからはそう言われて育った。
 なるほどたしかに、非の打ち所のない姉だ。
 やさしくて聡明で勉強もできて努力家で、真面目な優等生で先生の言うこともよく聞いて、しかもそれを鼻にかけることもなく人望も厚い。
 やれやれだ。

「べつに。ただ集中できないだけ。部屋はエアコン壊れてて、暑いからこっち来てるの」
 訊かれる前に必要なことは答える。
 テレビに視線を固定したままなのは、会話を打ち切るための手段だ。
 思惑どおり、沈黙が降りた。
 隣に座る気配。でも顔は動かさない。
、お昼はどうする? 食べたいものはある?」
「いらない」
「ちゃんと食べなくちゃだめよ」
「いらない」
…」

 両親は共働きだ。
 子どもの頃から、家事は分担してやってきた。
 ただ、姉は私を子ども扱いする節があり、そのほとんどをひとりでこなそうとする。
 努力家は認める。やさしいのも責任感があるのも。
 だけどこのひとは、だからこのひとは、ひとりで全部やろうとするのだ。
 腹が立つ。

「自分で作れる」
「…そう」
 なんでそこで寂しそうな声を出すのか。
 本人にそのつもりはないんだろうけど、聴いてるこっちは気分が悪い。
 唇を少し噛んで、不機嫌にため息を吐き出した。
「パスタ」
「え?」
「パスタ食べたい」
 言うと、姉は微笑して頷き、キッチンへ向かった。

 ほんとうに腹が立つ。
 あの、自覚なしの過保護長女は。

「…私も私だ、ばか」



---------------------------
up data 05/9/1
renew 05/9/3