佐藤家の場合



 そもそも関心がないのだ、あのひとは。
 私にまったく目を向けようとしない。
 自分のことで手一杯なのはわかるけど、家で顔をあわせたときはせめて無視しないでほしい。
 と、思っていたのは小3くらいまでだったか。
 段々と諦めが入ってきて、ようやくどうでもいいと思えるようになった頃に、がらりと変わった。
 いったいなんなんだ、あいつは。

ー」
「…重い」
 ベッドに寝そべって雑誌を読んでいたら、聖が圧し掛かってきた。
「重いとはなんだ、重いとは。年頃の姉に向かって」
「うるさいな。早くどいて」
 あと唇を突き出すのはやめてほしい。18にもなって。

 聖は私の上からどくと、ベッド脇に腰掛け、私の雑誌を覗き込む。
「うーん、今どきの娘さんは、そんなエロ本を読むのかね」
「聖の部屋にあったよ」
「え、私それは買ってない」
 素で返すな。それとも演技か? どっちにしろむかつく。
「で? そーんな雑誌、まさか買ってきたんじゃないでしょうねー」
「違う。クラスの男子に借りた」
「へ…」

 絶句。ちょっといい気味。
 少し笑うと、聖が怒ったような顔をした。
「からかったの?」
「さあね。ある意味ほんと」
「それはそれで問題なんだけど」
「男子が集まって読んでるの、没収してみただけ」
「没収してみたって…。ってーかなんでがそんなことするの」
「クラス委員だから」
「あれ、ってそんなことしていたの?」

 私は嘆息して、続きは無視することにした。
 すると、聖が拗ねたような声で抱きついてくる。
ー、無視しないでよー」
「うるさいな…。小学校から8回連続クラス委員してるの、私」
「うっわ、ご愁傷様」
「ほんと私に興味ないよね、聖」
 言った途端、ぴたりと動きが止まった。

 おなかに回された手が、私を引き寄せる。
「ちょっと」
「べつに興味ないわけじゃないけどさぁ」
「うるさいな、言い訳しなくてもいいよ、べつに」
「んー、私としては聴いてほしいんだけど」
 ぴたりと背中に頬を寄せられる。
「重い」
「だから年頃の―――ってそれはまあ置いといて」

 ふうとひとつ息をつき、聖は言った。
「まあ私も余裕がなかったからさー、近づけなかったんだよね、に」
「なんで」
「怖かったから、かな」
 首を捻って聖を見る。色素の薄い髪は私とまるで違う。
 ほんとうに姉妹かと問われることも少なくなかった。
「たぶん、今考えるとそうだったんだと思う。なんかね、怖かったのよ。姉なんてさ、できないし私。でも、」
 腕に力がこもる。
の傷ついたような顔、今でも忘れられないなぁ」

 後悔を押し込めたような声が、背中から振動して伝わってくる。
 私はため息混じりに言った。
「忘れられないって言うか、思い出したんでしょ、ある日突然」
「ありゃ、見破られてる」
 おどけたような声を聴きながら、へその上で固定された手の甲をとんとんと叩く。
「べつにね、らしいことしなくたって姉だし、むしろらしかったららしかったで聖じゃないし」
「それ褒めてる?」
「どう聞いたら褒め言葉になるのかじっくり説明してもらいたいくらいには」
 聖が声を出して笑った。
 私は身体の力を抜いて、頭を枕に放り出した。

 結局、私はこの姉が好きなのだ。こういう姉も、好きになれた。
 それでいい。



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up data 05/9/1
renew 05/9/3