鳥居家の場合 江利ちゃん江利ちゃん、昔から父も兄も長女べったりだ。 呆れるほどのシスコンどもは、私などそっちのけ。 まあ助かった感のほうが強いけど、それでも複雑なものは複雑だ。 代わりに母が、苦笑気味に私の面倒を見てきてくれた。 家の中ではいつも男衆バリケードが発生しているためか、私は姉とまともに話をしたことがない。 いや、それはオーバーかもしれないけど、少なくとも私が知る限りではめったなことではない。 そんなわけで。 私は椅子からソファに座っている姉の後ろ頭を見やった。 こんな状況は、初めてだ。 家には誰もいない。休日となれば十中八九兄や父がいるのに。母も今日は友だちと遊びに行くとかで外出中。 …緊張する。 姉は大概のことはひとりでこなせる。 オールマイティ、という言葉がこれほど似合うひとも珍しいくらい。 というかある意味珍獣? いや、奇人か。獣はさすがにあれだ。 「ねえ」 「はい」 声を掛けられた瞬間、背筋が伸びた。 おぉ、猫背が一瞬にして直った。これはもしかしたらこのひとと一緒にいれば常時ノット猫背になれるというわけか。 精神衛生上断固拒否だけど。 「今、なに考えているの?」 「はっ? 今?」 「そう、今」 こちらを向いた姉は、目を細めていた。 猫を連想させる顔だ。それも、獲物を見つけたときの。 なんだこの好奇心に満ち溢れた顔。 父や兄に囲まれているときは、こんな顔はしてない、はず。 というか私も初めて見た。 「なにと申されましても」 「なにか考えていなかった?」 「や、うん、まあ…」 考えてはいたけども。それを正直に口にするというのもどうかと思うしでもなんかこれ言わなきゃ納得しなさそうな雰囲気だよね。 っていうか吐くまで問い詰められそうな。 …なんだこのひと。 「面白いこと考えていたでしょう」 立ち上がった我が家の長女はにじり寄るように私のほうへ。 私は心持ち上半身を仰け反らせ、捕食者そのものな姉を見る。 「え、や、面白いこと、ってわけでも。べつに漫才のネタとか考えていたわけでもないし」 途端、くすくすという笑い声が。 「やっぱり思ったとおりね」 なにが。 心中突っ込む私の隣に座り、姉は言う。 「いつも兄貴たちが邪魔でまともに話ができなかったけど、って面白いわ」 「…い、いやいやいや。ひとを芸人みたく言わんでくださいよ」 ぱたぱたと手を振って訂正を求めるが、江利ちゃんこと江利子さんはまったく聞く耳を持たない。 「そういえば昔からそうだったわね、。ちょうちょ追い駆けて迷子になったり兄貴の大事なプラモデルに紐かけて首吊りさせたり」 「いやあれ、てるてる坊主のつもりだったの。ってかちょうちょ追い駆けてはないでしょ」 それじゃただの頭の弱い子ではないか。 突っ込めば突っ込むほどに姉は楽しげにする。 このひとこんなひとだったっけ。 なんかもっと退屈そうな顔してたような…。 「、そんなに緊張してないで、もっと気楽に話してよ。兄貴たちと違って、は退屈しなくて済みそう」 …そうか。あのニヒルさはあまりの退屈さのせいか。 で、今は楽しんでると。 私は人差し指と親指で、眉間の皺を揉みながら呻いた。 「私は芸人か」 「あら、いいじゃないの」 私が楽しいんだから=\――わが姉は至極楽しげにそうのたまった。 |