留守電 たった一言で揺さぶられる 『もしもし、さんのお宅ですか? 水野です』 丁寧な口調で名乗り、「また電話します」と繋げた。 すぐに切れてしまった電話に、私は苦笑する。蓉子らしい。 日にち、時刻に続いて、二件目。 『水野です』 先ほどと同じセリフで、蓉子は電話を切った。 二度あることは三度ある。 三回目で、私は首を傾げた。 今日は蓉子の受験日で、学校では会えなかった。 何か大切な用事でもあるのだろうか。 四件目。また彼女かと思ったら、今度は違った。 親戚のおばさんだった。 そして、五件目。 『水野です。…ごめんなさい、何度も何度も』 本当に申し訳なさそうに、蓉子は言った。 『今日、大学の受験に行ってきました』 知っているけど…。 『学校に寄ったんだけど、はもう帰っていて…』 ああ、来たんだ。 きっと、すれ違いになってしまったんだろう。 でも、私に会いに来たってことは、やっぱり用事があるのかな。 『どうしても、っていうわけじゃないけど、できれば会いたくて…』 そこで言いよどむ。蓉子にしては、珍しいくらい歯切れが悪かった。 いったい、何なんだろう? 『用事は…とくにないんだけど』 なんだ、ないのか。 私はほっとした。 蓉子の様子があんまり変だったから、何事かと思っちゃったじゃない。 短い沈黙のあと、蓉子の声が聞こえた。 『…、もうすぐ卒業ね』 留守電でしんみりする話題はやめてほしい。 というか、もうすぐ切れると思うんだけど。留守電って数分だし。 『私は他大学を受けるから、あなたとは簡単に会えなくなるのね』 ああそうか。彼女はもう、リリアンの生徒ではなくなるのだ。 漠然とした感覚でしかなかったけど、少し寂しい気もした。 蓉子は続ける。 『きっと、今日みたいに突然会いたくなっても――――あ、いえ』 そこで慌てたように、言葉を切った。 私はつい笑ってしまった。 蓉子はごまかすように、意味のない言葉を何度か連ねたあと、嘆息した。 『白状するわ。私、あなたに会いたくて学校まで行ったのよ』 わざわざ、放課後に?―――心の中でつっこみながらも、少し嬉しかった。 『今日、帰りにね。あなたのことが頭をよぎったの。もう当たり前のように会えなくなるんだと思ったら…ちょっとね』 心の一部が、微かに痛んだ。 蓉子は一瞬黙り込み、ぽつりと呟くように言った。 『…あなたの声が聞きたい』 私は目を見開く。 『…また明日、会いましょう。ごきげんよう』 聞き慣れた挨拶で、電話は切られた。 私は数秒、その場で立ち尽くし、思い出したように口元を手で覆った。 やられた! 燃えるように熱くなった顔を、隠すように俯ける。 努力の甲斐虚しく、緩みまくる頬をどうすることもできなかった。 留守電の日にち、時刻が終わると、私はすぐさま受話器をとる。 明日なんて、待っていられなかった。 |