いつしか



 11月の終わり。もうすっかり冬だというのに、暖かい日がつづく。
 私は江利子と正門を出て、坂道を下る。
 裸になった木の枝が、ひどく寒々としている。
「もう秋だねー」
 言ってから、失敗したな、と思った。
 江利子は刺激のない会話を好まない。
「そうね」
 適当な相槌が打たれた。

 退屈させてしまったかも。

 そう思ったけれど、沈黙するのも怖くて、言葉をつづけた。
「そういえば、落ち葉っていつのまにか消えてなくなってるよね」
「ええ」
「どこに行くんだろ」
「焼かれているんじゃない?」
 さらりと返されて、微苦笑。
 江利子相手に会話をつづけるのは至難の業だ。

 冷たい風が私たちを吹きつける。
 心まで冷えていくようで、寂しい。

「落ち葉って」
 江利子の視線が、まだつづけるのか、と言っている。
 でも、気づかないふりをした。
「雨のあととか汚いよね」
「そうね」
「道に張りついてて、掃除するほうも大変だろうね」
「えぇ」

 退屈そうな声だった。
 私は口を噤む。
 ふと、道の端っこに、掃き集められた落ち葉のかたまりを見つけた。
 まだたまに見かける、秋の残骸に、私は思わずそちらに足を向ける。
 江利子が立ち止まり、怪訝そうに私を見ている。

「どうしたの?」
「うん」
 返事にならない返事を返しながら、落ち葉のかたまりの前に立った。

 少し考え、片足を持ち上げる。
 踏みつける。
 乾いた音を立てて、落ち葉が潰れた。
 ぱらぱらと、破れた落ち葉が少し乱れる。
 せっかく掃いて集めた落ち葉なのに、悪いかな、と思ったけれど、私はそれを繰り返した。


 ――――落ち葉は。
 いつのまにかなくなっている。
 秋が過ぎ、冬が来て、ふと気づけばどこかにいってしまう。
 消えてしまう。
 季節の残骸は、そうしてごみにされて、視界から、記憶からなくなって、消されて、終わる。

 なぜ繰り返すのか。
 子どものころ、ひどくふしぎに思ったのを覚えている。

 なぜ季節は繰り返すのか。
 なぜ終わったものがまたはじまるのか。
 なぜ繰り返し、忘れるのか。

 ひとの記憶から去ってしまうものは、ひとが知っている以上に多い。
 そのことに気づいたとき、私はとても怖くなった。
 あらゆることは忘却されていく。
 春の桜も、夏の暑さも、秋の枯葉も、冬の雪も。
 やがては消え、そうしてまた新しい、同じものが繰り返す。

 ひどく恐ろしいことだ。
 ひとはそれに気づかない。
 忘れてしまうことさえ忘れて、思い出したことさえ思い出せない。
 それは恐ろしいことだ。





 呼ばれて、振り返った。
 バンダナをした同級生。
 いつも退屈そうに窓の外を眺めている隣人。
 彼女はつまらなそうな瞳を、少しだけふしぎそうにして、私を見つめていた。

 ――――もしも私が消えたら。
 彼女の記憶からも、いつしか、消えてしまうだろう。
 落ち葉のように、ただ、何気ない、なんの意味もない存在として。
 思い出すこともなく、忘れたことも忘れて、このひとは、楽しいことだけをつづけていくに違いない。

 もしも私が消えたら。
 私はこのひとの中からいなくなる。

 なんて恐ろしいことだろう。
 この落ち葉のように、いつか消えて、忘れ去られる。
 なんて―――…


「たのしいの?」

 私は笑った。

「かなしいの」



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up data 04/11/27
マリア様好きに50のお題「38:落ち葉」
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