じゃれあい



 コーヒーが飲めない、という祐巳さんのために。
「用意してみました。ブラック無糖の缶コーヒー」
 ずずい、と缶コーヒー「ボ○」を突きつけられ、祐巳は頬を引き攣らせた。

 ミルクホールの片隅で、紅薔薇のつぼみとその級友は対峙していた。
 片方は引きつり気味の顔、片方は爽やかな顔で。
「…さん、私に恨みでもあるの?」
「あらいやだ、祐巳さんたら」
 片手を頬に当てて、目をぱちぱちと瞬かせる
 わざとらしい上に気色悪い。

「人の嫌がることをするのは人情でしょ」
「人情なの!? しかも否定しようよそこは!」
 びしっ、と天然ボケと称される祐巳がつっこむ。おそるべし。
「だって面白いじゃん。人の苦痛に歪む顔」
「(やさしさってなんだろう…)」
 かなり深刻に、愛と友情について考え出した祐巳を知ってか知らずか、はうふふ、と(不気味に)笑いながら続けた。
「まあとにかく、試してみようよ、ホットコーヒー」
「アイスじゃないんだ」
 普通に持っていたからわからなかったよ。―――祐巳のつっこみも、投げやりになってきた。

「コーヒーはホットに限ります」
「ねえこのあいだ喫茶店でアイスコーヒー頼んでたよねぇ?」
「ミルクは邪道です」
「しかもミルク入れてほぅらカフェイン&ミルクー≠チて普通にカフェオレでいいじゃない」
「ちなみにホットをストローで飲むのは、危険ですのでご遠慮ください」
「…もしかしてさんも試したの?」
「…も≠チて?」

 今の今までことごとく無視してきたが、ここに来てようやく反応してくれた。
 もうそんなマイペースぶりには慣れたのか、はたまた気にしていないのか、祐巳は頷いて説明した。

「前紅薔薇さまの蓉子さまが、お味噌汁で試したんだって。七つの冬に」

………味噌汁?
………味噌汁。

「(負けた…)………あの人も結構変わってるよね」
「うん…」
 に言われたらお終いだが、否定する材料はどこにもなかった。

 数秒、間が空く。

「…まあとにかく! 高校二年生としてコーヒーの一杯や二杯、飲めなくてどうすんの!」
「…飲めなくても生きていけるよ」
「そんな! 朝はコーヒー、トースト、新聞紙が揃ってないとはじまらないのよ!」
「どこのアメリカですか?」
 アメリカはアメリカだ。しかも二人とも偏見にまみれている。
「あっちらへん」
 は窓の外を指差す。
 ちなみに方角は北だ。

「それじゃ、ぐいっといってみよー!」
 押し付けられた缶コーヒーは、確かに熱かった。
 祐巳はハンカチでそれを包んで持つ。
 これを今まで鷲掴みにしていたの手の平は大丈夫だろうか。
 祐巳はかなり真剣に心配しつつ、プルトップを押し上げた。
「…ほんとに飲まなきゃだめ?」
「120円分、堪能してください」
 真顔で、さあ、と促され、祐巳は緊張に震える手を必死で堪えた。
 何もそこまで。

 缶の口に自分の唇を当てたところで、祐巳は気づいた。
 わくわくどきどき、という効果音が似合いそうな、の顔に。
「……楽しい?」
「うん、とっても☆」
 即答する。サドだ。
「(友だちやめようかなぁ…)」
 祐巳は半ば本気で思いながら、手元に目を落とした。

 香ってくるのはコーヒーの苦そうな匂い。
 ごく、と生唾を飲み込み、きゅっと眉を寄せる。
 決意の表情である。
 たかがコーヒー、されどコーヒー。
 祐巳は気合を入れるように深呼吸をすると、顔を上向け、一気に黒い液体を飲み干した。

「おっ、いったぁ!」
「〜〜〜〜っ!!」

 二口、三口、四口といったところで、ぶはっ、と息を吐き出しながら、缶を離す。
「うぅぅ、苦い…熱い…」「コーヒー(ホット)だからね♪」
 ぐっ、と親指を立ててペコちゃん顔の
 祐巳は涙目になりながら、を見上げた。

「これでいいの? さん」
「うん、充分ひまつぶ…ごほごほっ…訓練になったと思うよ」
「いま暇つぶ「今日は楽しかったね!「ねえいま暇つぶしって「明日はもーっと楽しくなるよね、祐巳太郎!」「祐巳太郎て…」
 この上なく素晴らしい笑顔を向けられて、祐巳はがっくりと項垂れた。

さぁん?」
「えへへ」
「えへへじゃない!」
 はなぜか照れ隠しっぽく頭を掻くという、脈絡のないごまかし方をしたかと思うと、しゅたっ、と手を挙げて、にこやかに言い放った。
「それでは祐巳さん、ごきげんやう」
「(ごきげんやう!?)ちょっ、なに不自然にエレガントな去り方しようとしているのよ! さん!」

 お嬢さま的すてき笑顔(似非)で去ろうとするを、祐巳が慌てて追いかける。
さん! …もぉ」
 祐巳はを横目で見やると、小さく嘆息して、笑った。
「そうやっていっつも意地悪するんだから」
「まあまあ」
「まあまあじゃないよっ」
 そんなやり取りでじゃれ合いながら、二人はミルクホールを出て行った。


 その翌日、紅薔薇のつぼみ、ついにコーヒーデビュー!?≠ニいう記事がリリアンかわら版に載り、「○ス」がリリアンで流行ったのは、また別のお話。



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up data 04/7/20
renew 04/8/10
マリア様好きに50のお題「34:コーヒー」
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