授業風景 ぐぅたらっぽいひと 突っ伏して盛大に居眠りこいている聖に、私はため息をついた。 先生、これ野放しにしていていいんですか? そんな思いで教師を見つめるが、彼女はわけのわからない英文を説明するのに一生懸命だ。 頑張りは認めるけど、成績上がりそうにない生徒がここにひとりいます。(もちろん私のことだ) 世の中努力だけじゃ、どうにもなりようがないことがあると思い知っていると、隣の居眠り太郎が目を覚ました。 思い切り伸びをしている。 これで成績は常に上位なのだから、マリアさまも意地が悪い。 …こんなこと言ったらぜったいシスターに説教されるけど。 嘆息しながら、リリアン生にあるまじき、大口開けてあくびをかましている隣人を見やる。 (…あ) 私は教師の目を盗んで、ノートの端に書き込んで、聖に見えるようにずらした。 「?」 聖が怪訝そうに私のノートを見た。 よだれ、拭きなさいよ 聖は慌てて口端を拭う。 そして、私に例の緩い笑顔を向けた。 それに微笑で答えると、聖はなにやらノートに書き込んで、私のほうへずらす。 「…?」 首を傾げてそのノートを覗き込むと、そこには、 ありがとねー、。愛してるよv 「ばっ…」 慌てて口をふさぐ。 「ん? どうしたの、さん?」 「い、いえ、なんでもありません」 振り向いた英語教師に笑ってごまかすと、隣で口をふさいで肩を震わせている、聖を睨みつけた。 ノートに文字を書きなぐる。 変なこと書かないでよ! 危うく見つかるところだったじゃない! 聖もシャーペンを手に取る。 だってお礼は言わないと ありがとうだけでいいでしょーが! 私、自分の気持ちに素直に生きてるからさ にこぉ、と笑顔全開の聖を半眼で見つめ、私はノートをめくり、新しく書き込んだ。 根性は素直じゃないけどね あ、ひっどー さっそく反応が返ってきた。 根性が素直じゃない人の言葉は信用できないっていうのー? そっちの不平か! 普通は根性が素直じゃない、のほうに抗議をすると思うんだけど…。 聖は自分のことをよく知っているらしい。 だって聖うそつきじゃない 私がいつに嘘ついた? 答えようとして、できなかった。 そういえば、聖が私に嘘をついたことなんて、一度もない。 祐巳ちゃんとか、話を聞いていると結構騙している人は多い。 だけど、私は一度として、聖に嘘をつかれたことなんてなかった。 聖が満足そうな顔で、 ほらね と胸を張りながら書いた。 …ちょっと腹立つけど、確かにそのとおりだ。 私、にだけは嘘つかないもんねーだ! また子どもっぽい口調を使って…。 なんで私だけ? 呆れながら訊ね返すと、聖は動きを止めた。 …どうしたんだろう? 訝しく思いながら、先生がこっちを振り向きそうになったので、急いで黒板に向き直る。 あたかもちゃんと授業を聞いていました、というふうに。 視界の端で、聖が何かを書き込んでノートをちぎったのが見えた。 丸めて投げられた紙の切れ端を、とっさにキャッチする。 無事私が受け取ったことを確認して、聖はまた机に突っ伏した。 どれだけ寝れば気が済むんだろう、この人…。 呆れた目で見やって、私は渡された紙切れを広げる。 そこには一言、こう書かれていた。 特別だから 私は数秒唖然として、聖を見やる。 突っ伏しているせいで表情はうかがえない。 でも、髪のあいだから覗いている、耳の微かな赤らみを、私は見逃さなかった。 思わず口元を緩ませ、ため息をつく。 まったく、本当に素直じゃないんだから。 |