授業風景 天は二物も三物も与える ぜんぜん授業聞いてないよ、この人…。 退屈そうにあくびまでかましている。 なんていうか…ふてぶてしい? いや、黄薔薇さまにそんなこと言うのはよくないけど。 江利子さんを動物にたとえるなら、猫だ。 それも野良猫。 興味を持ったことにしか目を向けない。 人がどんなに一生懸命かわいがっても、あくび一つで済ませるのだ。 …似合いすぎ。 思わず笑いそうになって、口をふさぐ。 先生の目がこっちを向いたことに気づき、さっと教科書で顔を隠した。 「ここを―――鳥居さん」 「はい」 先生に当てられた江利子さんは、すっと立ち上がると、英文をよどみなく答えた。 …ぜったい授業聞いてなかったはずなのに…。 彼女との能力差を思い知らされて、私はふかぁく息を吐いた。 すると、江利子さんがこっちを振り向く。 「さん、さっき笑っていたでしょ?」 「え、な、なんのこと?」 っていうか気づいてたの? あくびなんてしていたから、油断した。 「なに考えていたの?」 「べ、別になにも?」 「うそ。なんで笑っていたの?」 なんか、本当のことをしゃべるまで、許してくれなさそうだ。 でもまさか、本人に説明するわけにもいかないしなぁ…。 「さん?」 「う、うーん…と…」 答えに詰まって、視線を泳がせる。 「江利子さんのこと…かなぁ」 「私?」 意外そうに、江利子さんは目を見開いた。 「私のことを考えていたの? さんが?」 「え? うん…そうだけど」 嘘ではない。むしろ本当のことだ。 「…ふーん」 江利子さんは目を細めて、笑った。 なんか嬉しそうに見えるのは、私の気のせいだろうか。 「そこ、何をしているの」 私たちはぱっと教科書に顔を戻した。 だけどもう遅い。先生はこちらを睨み、江利子さんと私を交互に見る。 「…いま、お喋りが聞こえたけれど?」 先生はため息をつき、私のほうを見た。 「さん、」 黒板に長文を書きながら、先生が私を呼ぶ。 いやな予感…。 先生は私に振り返ると、 「ここを訳しなさ「先生」 先生の声を遮って、江利子さんが手を挙げた。 そして、なんと先生の返答を待たず立ち上がり、流暢な英語でその長文を訳したのだ。 教室がどよめく。 先生も怒りを削がれたのか、嘆息すると、授業へ戻ってしまった。 なんにせよ…助かった。 ほっと安堵の息をつくと、江利子さんと目が合う。 唇でありがとう≠ニ伝えると、江利子さんは軽く笑んで、ちらりと先生を見やった。 なんだろう、とそちらに気をとられていると、江利子さんがノートの端に何かを書き込み、こっちにずらしてきた。 貸し1ね うわぁ…高くつきそう。 私は慌ててシャーペンを持ち直した。 貸しって…なにさせる気? あんまり無理なことはできない。 せいぜい、ジュース奢るとか、それくらいだ。 江利子さんは微笑して、 デートして とんでもないことを言ってきた。 思わず素っ頓狂な声を上げそうになって、はっと口を噤む。 デートって… いいでしょ? 貸しはそれでチャラ ね、と小首を傾げられては、もう言葉も出ない。 私は苦笑いとともに、頷きを返した。 (要は遊びましょうってことだよね) 江利子さんの楽しげな笑みを見て、それくらいで喜んでもらえるならいいか、と私は思った。 けれどそれは甘かった。 江利子さんの"貸し"は、やっぱり高くつくものだった。 そのデートが、"無期限の永久契約"だったことに気づくのは、次の日曜日のことだった。 |