姫はもらった



 っていうかばかだ。



 私はその男どもを眺めながら、心底そう思った。
 ばかだよこいつら。
 どうしよう。

「ねえ母さん、どうしよう」
「なにが?」
「あいつらばかだよ」
「いまさらね」
 鼻で笑われた。
 っつーか母さん、よくそんな人と結婚したね。
 そう言ったら、母さんは遠い目をして言った。
「あのころはまだまともだったのよ…」
 ああ、すげぇリアル。

「江利ちゃーん! 次の日曜はぼくとデートしようね!」
「なに言ってるんだ兄さん! このあいだだって兄さんが江利ちゃんとデートしたじゃないか! つぎは俺だ!」
「お前ら、少しは親父に気を遣うってことができないのか! 江利ちゃんは俺がいただく!」
「江利ちゃん、あんな奴らほっといて、僕と遊園地行こうね」
「あっ、おまえ抜け駆けずるいぞ!」

「っああもう、うるさい!」

 あ、キレた。
 我が妹ながら、なかなか迫力がある。
 たしか学校でも生徒会長(ろさ、ふ、ふぇてぃだ?)をやっているとかなんだとか。興味ないけど。

「みんなほんと溺愛してるよねぇ…」
「あら、やきもち? もかわいいところあるのねぇ」
「きしょいこと言わないでよ。ほら、鳥肌。江利子の出来のよさに嫉妬するなんて、無駄なことしないよ、私」

 江利子と私には雲泥の差がある。
 同じリリアン女学園に受験して、私は落ちて、江利子は受かった。
 もうそこからして、すでに違っていたのだ。
 …っていうか、この親からどうやってあの子が生まれたんだろう。
 マリア様って、わかんない。


「はあぁぁぁ」
「なに、んな陰気臭いため息つかないでよ。きのこ生えるじゃん」
「生えないわよ。ねえ、姉さん、あいつらどうにかできない?」
「できたらとっくに黙らせてる」
「…そうよね」

 江利子は私のベッドにうつ伏せに寝転がると、またため息をついた。
「あー、もう。だれかどうにかしてくれないかな、あの男ども…」
「どうにもならんね、あいつらは。あんたが可愛くて仕方がないんだよ」
 くっく、と笑う。
 ふと、江利子がこっちに顔を向けた。

「? なに?」
「…姉さんだったら一緒に遊びに行ってもいいなって」
 なに言い出すんだか。
「言っとくけど私貢げないよー?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
 江利子が不機嫌に息をつく。
「私は物をねだったことなんてない」
「わーかってるって」

 江利子は欲しいものは自分で手に入れるタイプだ。
 デートの代価、なんて言って物をねだる人間じゃあない。

「けど、なんで私?」
姉さんがいちばん好きだから」
「…あーはいはい」
「本気にしてないわね」
「してるしてる。嬉しい嬉しい」
「…このこと、兄貴たちの前で言っちゃおうかしら。きっとライバル視されちゃうわね」
 脅しかよ。
 んっとにとんでもない妹だな。

 まったく…。
「そーいう可愛いことは、兄貴たちにでも言ったら?」
「いやよ。そんな心にもないこと言って、調子付かせてどうするの」
「もっといい物買ってもらえる」
「………姉貴」
 本気でいやそうな顔。
 あの江利子がここまでわかりやすい表情するんだから、相当嫌なんだろう。
「冗談だってば、じょーだん」
 しょうがないなぁ。

「んじゃ、今度の日曜は私がもらうね」
 江利子が、ばっ、とベッドから起き上がる。
「ほんと? どこに行く?」
「ぶらり途中下車二人旅。適当に切符買って電車乗って、気が向いたところで降りるの。どう?」
「いいわね」
 江利子の顔が少し明るくなった。

 日常に退屈している江利子に、行き先を決めるなんてつまらないことはしない。
 どこに行くか、なにをするか、わからないほうが、江利子にとっては多少は面白いだろう。



 悪いね、ばかども。
 姫はとうぶん、私から離れそうにないよ。



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up data 04/8/27
マリア様好きに50のお題「25:デート」
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