葬歌 廊下で、静がふと立ち止まった。 「どうし…」 口を噤む。 前から、あの人が歩いてきた。 私は黙って、静の手を引いて一緒に歩き出す。 すれ違う、一瞬。 静があの人を振り向く。 私は目を伏せて静の手を引く。 廊下を曲がって、階段の踊り場まで来ると、手を放した。 「…静、ほんと好きなんだね」 静は笑った。 困ったような、照れたような顔で。 どうしよう。 すごくきれい。 「あの人の目には、私は映っていないけどね」 「……」 そんなことないよ、なんて言えない。 だって本当のことだから。 生半可な慰めじゃ、静を傷つけるだけ。 「…気づいてくれればいいのに」 思わず、呟いた。 静は苦笑する。 「そうね」 そのどうしようもない表情に、私はどんな顔をして言いかわからなくて、笑った。 「行きましょう、」 「…うん」 歩き出す静の顔に、哀しさはなかった。 哀しいのは、私だけ。 「は、」 静が歩きながら言った。 「好きな人、いないの?」 静はときどき、私を殺そうとする。 無邪気に。無自覚に。 「いないよ」 私はそれに抗うこともせず、平気な顔で殺される。 「一人もいない」 「そう」 静は何気なく笑う。 その何気なさが好きだ。 「の好きになる人は、どんな人かしらね」 静は残酷に笑う。 その残酷さが好きだ。 どうしようもない。 「どうだろ。きっと美形だよ」 「って面食いよね」 「男でも女でも、美人がいちばん」 「ふふっ」 ――――あ。 ああ…。 好きだ。 好きだよ。 大好きだよ。 溢れてくる想い。 私を溺れさせるもの。 窒息してしまいそうだ。 「もし」 「うん?」 「もしも私が死ぬんなら」 静が立ち止まった。 私は歩きつづける。 「きっと死因は、溺死だね」 涙を堪えるのは、もう慣れた。 潰れそうな胸の痛みも。 でも、慣れないものがひとつだけある。 静を好きだと思う、この感情。 ねえ、死んでしまいそうだよ。 「…ったら」 静は冗談として受け止めたようだ。 私も冗談のように笑った。 「ねえ静。私が死んだら、愛の唄を歌ってね」 約束だよ。 |