あかあおきいろ



 赤いリボンが、目についた。


「あっ…」
 突風に乱された髪を、祐巳はとっさに片手で抑えた。
 前を歩いていたが、足を止める。
「大丈夫?」
「あ、はい。すみません、さま」
 手ぐしで髪を整えながら、祐巳が慌てて足を早め、の隣に追いついた。

「あ」
「はい?」
 歩きかけてまた立ち止まったに、祐巳がふしぎそうな顔を向けた。
 はじっと祐巳の頭を見つめ、そっと手を伸ばす。
「えっ―――…?」
 戸惑う祐巳をよそに、祐巳の髪に触れて、にこ、と笑った。

「ちょっと曲がってるよ、リボン」
「え、そ、そうですか?」
 うん、と頷き、がリボンに手をかけた。
「あっ、自分で…」
「いいよ。鏡ないとできないでしょ。私がやるから」
「う…あの、でも」
「なに、私じゃ不安?」
「そそ、そんなんじゃないです!」

 じゃあいいじゃない。
 はたやすくそう言って、それきり口をつぐんだ。
 一方の祐巳は、困ったように視線を下げた。
 普段とは違う、ごく近くに感じるの存在に、心音が徐々に高まっていく。
 百面相、と称されるほど顔に出やすい自分のことだ。いまも、ひどい顔をしているに違いない。
 頬が熱い。

「ッ、さま…あの」
「もーちょっと」
 目だけを上に向ければ、の真剣な顔がすぐそこにあった。
 祐巳は慌てて視線を外す。
 無意識に、両手が二つの拳を作っていた。

「んー…」
「…さま?」
「…んー」
 が次第に生返事をするようになってきた。
 そこでようやく、祐巳は思い出した。

 そういえばこの先輩は、ひどい凝り性で有名だった。
 一度やりはじめたことは、自分が納得するまでやめようとしない。
 祐巳は僅かに青ざめ、邪魔をしないように口を閉じた。
 これはもう、終わるまで待つしかない。ひたすらに。


 ため息をついて押し黙った祐巳を一瞥して、は手元のリボンを見やった。
 本当は、とくに乱れているわけでもなかった。
 ただなんとなく、触れたくなっただけ。
 突風に煽られた後輩の、しかめた顔が可愛かったから。
 だから、なにか理由を探しただけの話だった。

 理由をつけなければ、触れることさえできない。
 触れたら触れたで、そんなことを考えてしまうから、ひどく切ない。
 リボンの赤が目についた。
 そこで不意に思い出す。
 そういえばこれは、祐巳の姉の祥子が、可愛い≠ニ褒めてくれたリボンなのだと、いつか嬉しそうに話していた。
 悔しさと羨ましさで、心がない交ぜになったのを覚えている。

 ふわりと鼻先を掠める香り。
 シャンプーの匂いと、太陽の匂い。
 どことなく甘い香りに、は目を僅かに細めた。

 すっと、手を引く。
 祐巳がやっと終わったのかと顔を上げる。
 は祐巳の両肩に手を置くと、半歩、近づいた。

「―――…」

 ざあぁ――――…。
 風が沈黙をさらって、空に舞い上がった。
 は祐巳のリボンから唇を離すと、何事もなかった顔で、祐巳に笑いかけた。

…さま?」
「行こうか」
「え、ぁ…はい…え?」

 なにをされたのが、なにが起こったのか、まったく理解できていない祐巳をそのままに、はくるりと背を向け、歩き出した。
 祐巳は呆然とその背中を追いながら、いまされたことを思い返し、息を呑んだ。

 ばっ、と両手で頬を覆う。
 熱い。
(どどどどどどうしよう。な、泣きそう…)
 嬉しいのか苦しいのかわからない。

さま!」
 すたすたと歩いていくを、祐巳は呼び止めた。
 振り向かれて、慌てる。
 呼んだはいいけれど、なにを言えばいいのか、自分でもわからなかった。
 混乱する頭で、言葉を探している祐巳をしばし見つめ、はふっと口元を緩める。

「祐巳ちゃんには、赤より青のほうが似合うよ」
「え? えっ?」
 疑問符をいくつも浮かべる祐巳を一瞥し、は踵を返した。



 後日。
 青いリボンで髪を結った祐巳を、が満足げに見つめていた。



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up data 05/2/4
マリア様好きに50のお題「15:リボン」
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