freedom



 なにか大切なものを、忘れてしまった気がする。
 彼女はそう言って、遠くを見るように目を細めた。
「大切なもの、って?」
「それがわからないから、困ってる」
 口元に、言葉通り困ったような笑みを浮かべる、
 赤い夕陽が、を朱に染めている。

「わたしはいつか、それを探しに行かなきゃいけないのかも」
 しれない。言葉が途切れる。
 ひたすら遠くを見つめて、は私を振り返らない。
 正体不明の痛みが胸を刺した。
「それは、どこに忘れてしまったの?」
「遠い、遠い場所。きっともう、戻れない場所に」
「戻れないのに、探しに行かなくてはいけないの?」
「わからない。でも、探さなくちゃいけない」
「どうして?」
「ここにはいられない」

 なにか理不尽なものを突きつけられた気がした。
 手が震える。
 自分ですら自覚していないような恐怖に、身体が反応しているようだった。


 あなたはどこを見ているの。
 その問いが声になることはない。
 ほんとうは、わかっているのかもしれない。
 彼女を、私は引き止めることができないと。
 私には。

「泣かないで、蓉子」
 が困ったように眉を下げる。
「わがままばかり言うのね」
「うん」
 泣かないでというくせに、あなたは傍にいてくれない。
「ごめんね、わたしは立ち止まっていられないの」
「そんなの、」
 最初から知っていた。

 自由があなたを束縛する。



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up data 05/7/19
マリア様好きに50のお題「09:忘れ物」
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