にばんめ



 休日の街。
 聖の隣を歩きながら、私は空を見上げた。
 いい天気。天気予報は曇りだと言っていたけど、はずれたみたいだ。
 今日は、久々のデート。
 学校で毎日会っているけど、やっぱりデートとなると気分がちがう。
 聖もなんだか機嫌がいいみたいで、私も嬉しい。

、今日はどこに行こうか?」
「うーん。特に決めてなかったなぁ。聖は?」
「私も決めてない。…その辺ぶらぶらしようか?」
「うん」
 デートって言ったって、いつもこんなものだ。
 なんでもない、特別なことは何もしない。
 ただ、一日中いっしょに居るだけ。
 それだけで、満たされる。ただそれだけで。


 ふと、聖の視線が逸れたことに気づいた。
 思わず同じように振り返ってしまった。

 長い黒髪が風になびく。
 一瞬、彼女と重なって見えた。

「―――聖」

 聖を見上げる。
 聖は私と目が合うと、へらりと笑った。
「ん? なにその顔。…あ、私が今の子に見とれてたと思った?」
「……」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、がいちばん―――」
 聖が伸ばしてきた手を、私はやんわりと振り払った。
「…かえろ」
「え…」
 そっと微笑んで、聖に背を向けた。

「ちょ、ちょっと!」
 聖が慌てて追いかけてくる。
 でも、私は振り返らなかった。
、待ってよ。
 私は足を速める。
…っ」
 聖の声に、必死さが滲んだ。

「ごめん。ほんとにごめん。ごめんなさい」
「いいよ、今日は帰ろう」
、ごめん。ごめんってば」
「謝らなくていいよ。たいしたことじゃない」

 そう、たいしたことじゃない。
 聖はただ思い出しただけ。
 この世でいちばん大切な人を。
 ただそれだけのこと。

。こっち向いて」
 見てないからわからないけど、聖はたぶん、困った顔をしている。
 声がすごく哀しそうだった。
「ごめんなさい。、お願いだからこっち向いて。ねえ、
「謝らなくていいよ。聖は悪くない」

 それは本心だった。
 聖は悪くない。
 思い出を、大切な人の記憶を大事に抱え込んでいる。
 それはきっと、とても尊い気持ち。
 今の聖を支える大きな力。
 だから、聖は悪くない。

「大丈夫だよ。私は大丈夫。わかってるから」
「なにが。わかってるってなにを。、誤解してるよ」
「誤解ってなに」
 なにが誤解なの。
 さっきの聖をいちばん近くで見た私が、なにを誤解しているって言うの。

「私はたしかにあの子を思い出したけど、の思っているような気持ちじゃない」
「じゃあどういう気持ち?」
「……」
「ごめん待って違う今の私が悪い」
 これじゃあ聖を困らせるだけじゃないか。
 自分のバカさ加減に嫌気が差す。
…」
 聖が立ち止まった。
 私も立ち止まる。

 少しして、聖の足音が聞こえてきた。
 私の前にゆっくりと回りこんで、私の顔を覗き込む。
 私は覚悟を決めて、聖を見上げた。

「…。ごめんなさい」
「謝らなくていい、って言ったよ」
「うん…。でも、ごめん」
「……」

 そっと、聖が私を抱きしめる。
 私はされるままに、聖に身体を預けた。
「私はあの子のこと、忘れられない。それは、の思っているとおり」
「…うん」
「でも、よく聞いて。私は、を代わりにしようなんて思ってない。のこと、本当に好きだから、こうしているの。…わかる?」
「…そうだね」

 そうだね、聖。
 代わりになんてできないよね。
 彼女はあなたの特別。誰にも代えられない人。
 それはきっと、私たちが死んでしまっても変わらない。
 私は彼女の代わりにすらなれない。

 聖の気持ちは痛いほどよく伝わってくるよ。
 私を大切に愛してくれていること、ちゃんと知っている。
 だけど、それだけ。ただそれだけ。

 二番目は、ぜったい一番にはなれない。

…ごめんね」
「…もう、いいよ」
 聖の背中に手を回すと、聖は安堵して、身体の力を抜いた。
 私は目を閉じて、聖の肩口に顔をうずめる。






 泣きたくて仕方がなかった。



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up data 04/10/2