いもうと 聖視点



あなたはいつだって残酷だ



 ベッドにうつ伏せに寝そべる。
 枕に顔をうずめると、姉さんの匂いがした。
 心音が僅かに早くなる。
 姉さんは、壁に背を預け、雑誌に目を落としている。
 私とは違う、真っ黒な髪が、さらりと揺れる。

 ―――きれい。

 目を瞑って、もう一度深く息を吸い込んだ。
 いい匂い。

「聖」
 呼ばれて、私は薄く目を開けた。
 姉さんが、雑誌を脇にやって、こっちへ来る。
 ベッド際に腰掛けると、スプリングが軋んだ。

 私の髪を指先で摘みながら、私を覗き込んでくる。
 きれいな双眸。私とはぜんぜん似ていない、顔。
「眠い?」
 一瞬、反応が遅れた。
 悟られないように、わざと眠そうな声で答える。
「うん」

 姉さんの手が、ゆっくりと髪を撫でる。
 気持ちいい。
 私は目を細めて、そのやさしい手つきに目を閉じた。
 思わず口元が緩む。
 なんてやさしいんだろう。

 私は身体を仰向けにして、姉さんを見上げた。
姉さん」
 髪を撫でていた姉さんの手に、自分の手を重ね、指を絡める。
 そっと頬に持っていって、肌に押し付ける。

 姉さんはやさしく目元を和らげると、私の顔の傍に手を置き、身を乗り出した。
「聖」
 私はそれだけで嬉しくなって、姉さんに擦り寄った。
 姉さんは、そんな私をくすくすと笑う。
 その笑みに、私はきゅぅ、と胸が締め付けられた。
 震えそうになる声を、必死に抑えながら、口を開く。

姉さん…好き」
 姉さんは笑った。
「そう」
 私はもう一度言う。
「大好き」
「うん」
 姉さんは、私の言葉の意味をちゃんとわかっていないようだった。
「…愛してる」
「わかってる」

 私は口を噤んだ。
 ―――だめだ。
 これ以上、言ったら、もう、抑え切れなくなる。
 この、溢れ出る想いを。

姉さん」
「なに?」
 やさしい姉。私の姉。
 たったひとりの。
 たとえ、血が繋がっていなくても、この人にとって、私は、妹。

姉さん」
 不意に切なくなって、もう一度名前を呼んだ。
「どうしたの?」
 ああ…。
「姉さん…」
 いまの私は、どんな顔をしているだろう。

――――」

 抱きしめたい衝動に駆られる。
 そんな自分を抑えつける。

「…姉、さん」
 姉さんは、小首をかしげて、変わらない様子で私を見下ろす。
 私は姉さんの視線から逃れるように、目を伏せた。
 漏れるため息に、姉さんが片眉を上げる。

「聖?」
「なんでもない」
 微笑でごまかす。
「そ? なにか言いたいことでもあったんじゃないの?」
 まるで私のことを見透かしたような顔に、思わず動揺する。
「…べつになにも」
 姉さんは微笑んで、私の髪を掻きあげ―――額を、くっつけた。
 心臓が大きな音を立てた。

「悩み事?」
 心を落ち着け、必死に平静を装う。
「…ないよ、そんなの」
「私に言えないことでもあるの?」
「ないってば」
 これ以上は耐えられない。
 姉さんを押しのけようと、片に手をかける。

 姉さんは思いのほか簡単に私を解放してくれた。
 急いで姉さんから身体を放そうと、上半身を起こそうとした。が。
「ちょっ…姉さん!」
 姉さんは私の身体に両腕を回し、上から抱きつくように覆いかぶさる。
「ふっふっふ。おねーさんに隠し事なんて、百年早いわよ」
 力いっぱい抱きしめられ、私は身体をこわばらせた。

 心臓が痛いほど速さを増す。
「はっ…なしてよ…!」
 もう平静なんて装っていられなかった。
 必死で姉さんを引き剥がそうとする。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃなーい」
 嫌がってなんかない。
 むしろ、嫌じゃないから焦っているのだ。

 姉さんの薄い唇に目が行き、慌てて逸らす。
「うわ、聖、耳真っ赤」
 指先が私の耳たぶに触れて、とっさに仰け反る。
「ッ、姉さん!」
 私の反応に満足そうに笑って、姉さんはやっと私から離れてくれた。
「聖ってば、可愛いんだから」

 私は姉さんから距離を置くと、乱れた髪を掻きあげる。
「さて。下行ってコーヒー入れてくるよ。聖もいる?」
「…いい。私、これから出かけるから」
 姉さんがきょとんとして私を見た。
「どこに?」
「…友だちのところ」

 嘘だった。
 でも、とにかくいまは、姉さんと一緒にいないほうがいい。
 でないと、自分がなにをしでかすか、わからなかったから。

 姉さんは、そう、と言って、私の額を撫でた。
 顔が熱い。けど、姉さんはなにも気づいていないようだった。



あなたはいつだって残酷だ
無邪気に私を追い詰める



---------------------------
up data 04/11/7