その、気だるげな表情とか、たまにつくため息とか、窓を見やるしぐさとか。
 そういうのぜんぶに、惹きつけられる。



視線の行き先



 誰もいなくなった教室に、わたしと江利子さんのふたりだけが残っていた。
 もう9月も終わりだけあって、日が沈むのも早くなってきた。
 運動部の掛け声が、こちらまで響いてくる。
 江利子さんは退屈そうにあくびをしては、ただぼーっと窓の外を眺めていた。
 わたしはといえば、落ち着かない気分で江利子さんの前の席に座っている。
 っていうか、なんでわたしここにいるんだろう。

 放課後になって、帰宅部のわたしはいつものように帰り支度をしていて、そうしたら江利子さんが声をかけてきたのだ。
今日、暇だから付き合って
 で、思わず頷いてしまった結果がこれだ。
 いったい彼女はなにがしたいんだろう。

 訪ねようかどうしようか、先ほどからずっと迷っている。
 しかしどうしてか声がかけられない。というか、頷いてから彼女の前の席に座って、一切口を開いていない。
 江利子さんはまったくの無関心で外を見ているし。ほんとなんでわたしを呼び止めたんだろう。
 ただの気まぐれだろうか。…その可能性が高い。
 どうもこのひと、猫みたいに気まぐれのようだし。

 思わずついてしまったため息を聞きとめて、江利子さんがようやくこちらを向いた。
 知らず身体に力が入る。
 が、わたしの予想に反して、江利子さんは無言だった。
 そして今度はわたしを見つめだす。いったいなにがしたいのか、まったくわからない。

 江利子さんはひじをついてあごを乗せる。そんな何気ないしぐさも様になるから美人というやつは厄介だ。
 わたしは江利子さんの視線から逃れたくて身じろぎをするけれど、彼女は一向に意に介した様子もない。
 ぶっちゃけ、逃げたい。

 変な汗が頬を伝う。
 居心地の悪さはさらに増していく。
 すると、江利子さんがゆっくりと唇を吊り上げた。
 弧を描くそれに思わず目が行く。

「前々から気になっていたのだけれど、さん」
「な、なに?」
「あなた、いつも私のこと見ているわよね?」
 内心ぎくりとしながらも、平静を装う。
「そうかな? そうでもないんじゃない? うん、そうでもないよ。気のせい気のせい」
 江利子さんの笑みがますます深くなった。見破られてる。
「ねえ、どうして?」
「ど、どうして、って…」

 そんなことを言われても、困る。ほんと困る。
 なぜならわたしにだってわからないからだ。
 気がつけば目が引き付けられている。
 吸い寄せられるように視線が行くのだ。
 それをなぜと言われても、こっちが訊きたい。

 そう言うと、江利子さんはすっと目をすがめた。
 なんかすごく嫌な予感がする。
 カタ、と椅子から立ち上がり、江利子さんが上体をこちらへ乗り出す。
 わたしはひどく動揺した。仰け反り、近づいてくる江利子さんの顔を凝視する。
 息がかかるほどに近づいた江利子さんの目が、笑う。

「ほんとうに?」
「え、な、なにが?」
「ほんとうにわからないの?」
「そん…なこと、言われたってわたし…」

 ほんとに、こまる。

 言いかけた言葉が、ふさがれた。
 やわらかい、あたたかいそれが、声を飲み込んで、離れる。
 江利子さんの企むような両目が細く笑った。
「まだ、わからない?」
 わたしは固まった口をなんとか動かし、ようやく一言。

「わかり、まし、た…」

 満足そうな江利子さんの微笑みは、やっぱり優美で、目を奪われた。



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up data 05/9/30