きっと知らない



 ほんとうはいつも、怯えている。
 彼女はきっと、知らないだろうけど。



「つまらないわ」
「わあ、やっと口開いたと思ったらそれか」

 さらりと言われた言葉に、私は軽く笑う。
 土曜の午前。授業も終わり、クラスメイトの半数は帰った学園内。
 確か薔薇の館で会議がどうとか言っていたが、江利子は立ち上がる様子もなく、席からぼんやりと景色を眺めていた。
 本当につまらなそうに。

「まあ、退屈なのは私も一緒だけど」
「どこかに面白いもの落ちていないかしら」
「楽に見つけられたら、江利子もそこまで退屈しなくて済むのにね」

 江利子はため息でそれに答えた。
 本当に、江利子を退屈させないなにかが、その辺に落ちていれば苦労なんてしないのに。
 …江利子も、私も。

「ねえ、。なにか面白いことしない?」

 突然、江利子が顔を上げた。
 私は苦笑する。
 またか、と。

「いや、いきなり言われても。面白いことって?」
「手品するとか」
「かなり唐突だね。ちなみにそれって…」
「手品? もちろんがやるに決まっているじゃない」

 きっぱり。
 まったく…本当に唐突にむちゃくちゃ言うやつだ。
 まあ、期待されるだけマシなんだろうけど。

「いやいやいや。ありえないよ。っていうか無理です」
「少し練習すれば、なんとかなるんじゃない?」
「いやあのさ、練習とかそういうんじゃなくて…ってーかわざわざ練習するんかい。江利子のためだけに」

 江利子はあっさり頷いた。
 私は苦笑いを浮かべた。

「江利子ー、それは無理だよー」
「よろしくね。ならできるわ、きっと」
「とりあえず聞け、ひとの話」
「明々後日くらいまでに完成させてね」

 江利子の瞳に輝きが宿る。
 うわ、なんかほんとに考えはじめてる。

「ねえ無視? 軽く無視? これっていじめ?」
「面子は私とあなたと…あともう少し観客がいたほうがいいかしら。ね」
「ね、じゃなくてさ。いなくていいよ、そんなもん。ってーかほんとに決定済み? 私の意志はどこに?」
「逃げないでね、。期待しているわ」
「わーお、ほんとに無視だぁー」

 私は泣きまねをして目元を拭うふりをする。
 江利子が微かに笑った。
 あ、やっと楽しげになってきたな。
 私はわざとらしく、江利子に泣きついた。

「江利子さまー、どうか勘弁してください。っていうかほんと無理ですってば」
「ばかねぇ、大丈夫よ。ならなんとかできるでしょう」
「うん、さん的には、その自信の根拠を教えてほしいな」
「なに言っているの。いままでだってそうだったでしょう」

 江利子が笑いながら言った。
 ああ、嬉しいな。
 江利子が笑ってる。
 少なくとも、いまは私が笑わせている。

はいつも、私が楽しめることをしてきてくれたじゃない」
「いやー、なんか軽くあなたは私の下僕よ≠ンたいなことを言われた気がするなぁ」
「あら、ちがった?」

 私はもうなにも言えなくなって、がっくりと肩を落とした。
 江利子がくすくすと笑っている。
 反論できないなぁー。
 江利子が笑ってくれるなら、私は本当に、なんでもしてしまうから。
 それをどう呼ぶのかは、わからないし、別に知らなくてもいいことだけど。
 ただ、ひとつだけわかっていることは。

 私はいつも、怯えているということ。

、本当に落ち込んだの?」
「のーぷろぶれむ、あいむふぁいーんせんきゅ!」
「救急車呼ぶ?」
「ぶーぶー。私の渾身のボケをそんな真顔で返さないでよぉ」
「面白くないわ」
「わー、きっぱりー。容赦ないよこのひとー」

 いつか江利子に、飽きたと言われるかもしれないと。
 ほんとうはいつも、怯えている。

「もうほんと、江利子さんには敵いません」

 彼女はきっと、知らないだろうけど。



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up data 04/11/20